2021/11/09
コラム
高橋哲也 in 五島列島福江島沖ホゲ島&草島『TETSUYA TAKAHASHI × NEW BB-X MZⅢ&TECHNIUM 果てなき夢は磯にある』
ときは七夕前の6月下旬にさかのぼる。
新しいロッドとリールを手に、哲也さんは長崎県五島列島にいた。
もはや磯釣りでやり残したことはないのではないか?
そんなふうにさえ思えるレジェンドはしかし、まるで初めて竿を握った日のように無垢な心で磯に立っていた。
まずは午後からの短時間勝負
狙いは口太と… 劇的な1尾
初日は午後から竿を出せるはずだったのだが、飛行機の遅れで出船は2時を過ぎてしまった。先に現地入りしていた哲也さんはすでに準備を済ませ、あわてる様子もなく船に乗り込んだ。6月下旬で梅雨前線の動きも微妙だった。そのせいか、ほかに釣り人はいないので急ぐ必要はないが、竿を出せる時間が短くなってしまう。
上がったのはホゲ島と呼ばれる大きな穴の空いた小さな島の高場だった。狙いはグレ、そしてスルルーでの青物。
そのために新しいロッドを用意していたのだが、あるのは1.5号と2号。グレはともかく、青物にはかなり心許ないように見えるが、哲也さんはまったく気にする様子もなかった。
光線の加減なのかどうか、少し潮が濁って見える。潮はゆっくり左斜め沖へ流れ、風はさほど強くないが、右からほぼ真横に吹いている。足場が高いのでラインが取られやすいかもしれない。
オーバースペック?
「メジナってさ、本当はそんなに難しい魚じゃないと思うんだけどねー」
そんなことを言いながら仕掛けを用意する哲也さん。ほかの釣り人ならいざ知らず、かつての実績を知る人なら黙ってうなずくしかないだろう。
「…61cmから66cmまで12枚取って、タモを使ったのは66cmだけ。そんなアホなことをやっとったんですよ」
それは三宅島の三本岳、もちろん尾長グレの話。しかし今の哲也さんの心を捉えるのは口太グレだ。
「口太はいいねー。ほのぼのするよ。肉質とか容姿とかさ」
口太用に道糸は2.5号に巻き替えた。ハリスも2.5号。グレバリ8号。これでも哲也さんにとっては〝細仕掛け〞である。
2号ロッドにセットしたスルルー仕掛けと比較すれば、それは一目瞭然だ。4000番のリールに巻いてあるのはPE2号。リーダー10号。ハリスは10〜12号。ハリは環付きのタマン17号。
明らかに2号ロッドに組み合わせるにはオーバースペック。「よい子はまねしないでね」レベルだが、これでタックルにトラブルを起こさず使いこなすのが哲也さんのすごいところ。
それは、磯で使うロッドならこのくらいできなきゃ、という哲也イズムの表れなのかもしれない。実際、この一週前におこなわれたメーカーPVの撮影では同じタックルで10kg近いマグロを仕留めていた。
「16歳でテスターになって、今年でもう40年だよ…」
準備をしながら、そう哲也さんはつぶやいた。
開始直後はサシエも取られない
五島はタイミングがすべて!?
最初はサシエも取られないことが多かった。エサ取りは足元にコガネスズメダイの姿が目立ったが、出てきたり出てこなったり。木っ葉グレも見えるが、仕掛けを流していった先では何も起こらない展開が続いた。
「なんにもないよ。ヤバイな、これは。ただ五島は潮というかタイミング次第だよね、マキエをしなくても食うときがある」
その言葉通り、見回りに来てくれた船が去った直後だった。白い1.5号のロッドが心地よいカーブを描いた。足元で締め込んだ後、すんなりタモに納まったのは40cm弱の口太だった。
夕方の時合いに突入か?そう期待したが再び海は沈黙。ね、言ったでしょ?と哲也さんの表情が物語っていた。
突然の足元狙い
しかし沈黙は長く続かなかった。唐突に同サイズがヒット。撮影もそこそこに「今は釣ろう!」とスイッチが入る。
仕掛けを流していた哲也さんだったが、突然足元に仕掛けをなじませた。おや、と思った瞬間にはすでにロッドが大きく曲げられていた。
足元への突っ込みがそれまでとはまったく違う。哲也さんも腰を落としてタメ、リールのローターが逆転するシーンも見られた。とはいえ、落ち着きすぎるくらいにやり取りは冷静沈着。そりゃそうだ、ロッドを握っているのはあの高橋哲也なのである。
海面に浮いた魚を見て驚いた。50cmはあろうかという口太グレだ。しかし、この魚も哲也さんのデカいタモの中に難なく吸い込まれた。
「やっぱ最初に釣れたくらいのサイズがいいな」
哲也さんは、サイズを測ろうともせず夕暮れまで釣り続けた。
2日目はベイトフィッシュの姿が
スルルーのチャンス到来か?
翌朝もホゲ島に上がり、この日はスルルーで青物をメインに狙うことにする。前日とは異なりキビナゴやイワシの姿が見える。フィッシュイーターたちは現れるだろうか?
最初にきたのは良型のイサギだった。次もイサギ、その次も…。次は青物かと期待したが、足元で一度その姿を見せただけ。そのうちに波が出始めて磯替わりを余儀なくされる。
移動したのは草くさじま島。ここも青物の実績ポイントで仕切り直したが、時間が経つにつれて気配のない潮へと変わってしまった。
夕方の一撃
消化試合の雰囲気のまま終わりを迎えようとしていたが、日が傾き始めると哲也さんは再び集中してロッドを握る。オキアミとキビナゴを交互に撒き、タックルも持ち替える。いきなりフカセタックルが引ったくられた。
素早くポジションを変え、腰を落として魚の引きをいなす。強烈な引きにウミガメがサシエをくわえたのかとさえ思われたが、長いファイトの末に海面に浮上したのは巨大なイスズミだった。
落胆するのかと思いきや満面の笑顔。少年の頃から数えきれないほどの魚を磯で釣り上げてきた哲也さんにとって、数や大きさ、魚種へのこだわりさえ、もはやどうでもいいことなのだろう。
目の前の1尾と真剣に向き合えば、いつまでも磯で夢を見続けることができる… そう教えてくれた気がした。
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