2024/08/30
コラム
25SSフラッグシップウェーダー奮闘記② 生地の選定
アパレル担当のエドワードです。
前回に引き続き、25年発売予定のウェーダー、ウェーディングシューズの開発奮闘記をお届けしたいと思います。
今回は生地選定に関するお話です。
暑い日が続く中、相変わらず渓流にはチャレンジしていますが、日中はなかなか厳しいですね。
朝はウェーダーを着てトラウト、日が出てからはウェットスタイルで鮎、というのがここ最近の釣りのパターンです。
とはいえ、鰻も良い時期なので、朝夕はそっちも魅力的、と様々な釣りに浮気をしている最中です。
「土用隠れ」の表現は言い得て妙で、7・8月は魚も暑さに気が参っている感じが伝わってきます。
皆様も、栄養・水分補給をしっかり行い、無理をなさらず釣りをしてください。
自慢が長くなってしまいました、すみません。話を戻しましょう。
7月から、2025年発売予定のフラッグシップウェーダー、ウェーディングシューズ(通称:PROシリーズ)の開発奮闘記をお届けしています。今回のお題は、「日本の渓にとって、最良の生地とは?」。これについて、私たちの考えと、今回選択した生地についてお話しします。
ウェーダーに大切な要素、伸び
前回の記事でもお話ししましたが、日本の渓流シーンは世界の中でもとても特徴的。特に、地形のアップダウンの大きさと、気温差が激しい部分。その2つの要素の中で、ウェーダーに必要なことは何でしょうか。
まずはアップダウンの大きさ、多さに対して。釣り場にエントリーするまでに、山登りに近い苦労をしなくてはなりませんよね。そして、釣り場に着いても大きな岩を飛び越え、時には高巻きして、、と、日本のトラウトアングラーのカロリー消費量は段違いです。そうなると、足を上げたときにしっかりと伸びるストレッチ性が重要です。以下のグラフをご覧ください。
ウェーダーの生地の元になる糸に、テンションをかけ続けたときの、糸の伸びを表したものになります。
データは、シマノの今までの製品2つをピックアップしました。グラフのそれぞれの線の解説をします。まず水色。テンションを掛けて間もなく、少し伸びただけで糸が切れてしまいます。(赤い衝撃マークが糸切れを表しています)ですので、伸びに対して弱いため、ゆとりのあるサイズ設定で製品を作っています。
次に黄緑。青よりは持ちこたえていますが、限界が来てしまいます。
この2つのウェーダーでわかるように、基本的にウェーダーとは、生地の伸びが少なく、パリッとしたものですよね。これを現実の釣りシーンに当てはめると、魚の写真撮影をしようとしてしゃがんだ際、生地が伸びずに尻もちをついてしまったり、岩を乗り越えようと足を上げた際、足が思っていたほど上がらず転んでしまったり、と様々な危険が起こります。
問題は、「自分のイメージの動きに、ウェーダーが付いてこない」こと。皆様も、多少なりともこんな危険を感じたことがあるのではないでしょうか。だから、ストレッチ性はとても大切な要素なのです。
どのようにストレッチ性を持たせたか?
このようなストレスや危険を取り除くため、私たちは糸の選定に特にこだわりました。ストレッチパンツに使用されているような、伸びのある糸を使えば解決できるのではと考えたのです。しかし、そう理想の生地は見つかりません。伸びる糸というのは、すぐに限界が来て切れてしまうのです。ゴムを思い浮かべていただけると、イメージしやすいと思います。
さまざま検討を重ねた中、バネの構造を参考に糸を作ればよいのではないかと考えました。通常使用する素材に加えて、今回収縮率の高い素材を複合させた糸を使用しました。加工時の収縮率が高いことで、結果、糸にスプリングのようなクリンプ(捲縮:けんしゅく)が得られます。
このように、収縮率の高い糸に加工をすれば、しっかり伸びと強度のバランスを保つことができます。PROウェーダーの糸は、このような特殊加工を加えたものを採用したのです。
PROウェーダーの糸の伸び・強度をグラフに加えてみます。
PROウェーダーはオレンジで表したものになります。今までの糸(黄緑の線)が限界で切れてしまっていた部分、①のテンションの段階で、PROウェーダーの糸(オレンジ線)は②の値まで伸びています。その伸び、以前までの生地に比べ150%以上。少ないテンションでもしっかりと伸びます。そしてさらにテンションをかけ続けることができ、③のテンションでやっと切れました。
自信を持って試作を作成、テスト
私たちは、日本の渓にとって最良の糸を見つけた、という感動を抑えきれず、すぐこの糸から布を作り、試作を作成しました。試作品が会社に届き、履いてみるとすごい伸び。これが本当にウェーダー?という感じです。
しかし、そう上手くは製品化に漕ぎつけません。いざ、釣り場での検証を重ねると、他のウェーダーと同等もしくはそれ以下の耐久性だったのです。特に、岩に擦れた際に破けることが多かったです。バネの構造で、伸ばすテンションには強いといえども、バネの1本1本は細かったので、そこを硬いもので擦ってしまうと破断が起きてしまうのです。
伸びは魅力的、ただ耐摩耗性に不安。再びチームで頭を悩ませました。
ストレッチ性+強度を出した生地の仕組みとは?
せっかく出来上がったストレッチ性を持った糸を使いたい、そのためにどうしたか。答えは、布の構造を工夫することでした。
まずは基本的な布の話から。下の写真のように、縦の糸と横の糸を織りなすことで、布(生地)は完成します。
ですので、性質の異なる糸を組み合わせれば、たて糸、よこ糸それぞれの特徴を生かし、布を作ることが出来るのです。そこで、ストレッチ性のある糸と、強度のある糸をたて糸、よこ糸にそれぞれ役割を分けて、布を編むことにしました。下の、生地の拡大した写真を見てください。
黄色の〇がたて糸、緑の〇がよこ糸になります。ここで問題です。強度のある糸、ストレッチのある糸、それぞれたて糸、よこ糸どちらに使用するのがよいでしょう?ヒントは、たて、よこの盛り上がり具合です。
オレンジの〇で囲った部分、ここが強度のある糸で、たて糸になります。そして、黄緑の〇で囲った部分、これがストレッチ性のある糸になり、よこ糸になります。よこ糸、たて糸それぞれの編み方に注目し、拡大図をご覧ください。よこ糸、たて糸の盛り上がりを見るとたて糸の方が前方に盛り上がっているのが分かりますか?黄緑のストレッチ性を持った糸(=よこ糸)は、強度を持った糸(=たて糸)の下に来るような編み方をし、表面の盛り上がっている部分はすべてたて糸になるような編み方をしているのです。この構造を採用することで、岩や生地同士で摩擦しやすい表面部分は、強度の強いたて糸が耐摩耗をもたらすようにしました。これにより、ストレッチ性をもったまま、摩耗にも強い生地を作り上げたのです。
もちろん、たて糸の耐摩耗に強い糸にも、工夫を盛り込んでいます。糸は、PEラインと同じように単糸を数本編み込んで出来ています。単純に、単糸が太く、編み込む単糸の本数が多ければ糸は強くなります。ただし、その分ごわつきや重量に影響します。そのちょうど良いバランスを調整しながら、PROウェーダーのたて糸は完成しました。単糸の太さは、従来品の2倍以上に太いものを、そして編み込む単糸の数も2倍以上の本数を編み込むことにし、耐久性をアップさせました。
また、これによって編みあがった糸を、2本強く撚りこんだ強撚糸を使用しました。強撚糸とは、雑巾をぎゅっと絞ったような状態であり、摩耗擦れに対してさらに強力にすることのできる加工です。
つまり、たて糸は糸径と撚りの方法を変えた強度のある糸を使用、よこ糸はストレッチ性を持った糸を使用、その編み方を工夫し、摩耗にしっかりと耐えつつ伸びのある生地を完成させたのです。結果、従来生地に比べ、3倍以上の耐久性、1.5倍以上のストレッチ性を出すことができました。
ここで疑問。なぜたて糸にストレッチ性のある糸を使わない?
一つ疑問に思うかもしれません。「なぜ、縦方向に強度のある糸にしたの?縦方向に伸びたほうが快適ではないのか?」それは私たちも最初思っていたことで、最初はたて糸にストレッチ性を持たせた糸を使用し、ウェーダーの試作も作成しました。あくまでプランBですが、念のため、たて糸に強度を持った糸、横糸にストレッチ性を持たせた糸を使用した試作も作成し、実際にいくつかの現場で使用してみました。
すると感覚的に、よこ糸にストレッチ性を持たせた方が、実際使用してみるとつっぱり感が少なく使い心地が良いことが分かりました。ただ、どちらも使ってみると、明らかによこ糸ストレッチの方が使用していて快適です。PROウェーダーを作成することで、机の上で悩んでいるだけでは見えてこないこともありました。
長くなりましたが、生地の話はここまで
ここまで生地の話を語ってきました。要点としては、
たて糸:太く強い単糸を通常より多く編み込み、さらに撚りこむことで耐久性UP
よこ糸:ストレッチ性を持ったバネのような糸を使用することで伸びを出す
このたて糸が、よこ糸の上部に盛り上がるような編み方をすることで、しっかり耐久性をもちつつ、伸びのある生地を作りだした、ということです。
次は、PROウェーダーのもう一つの推しポイント、クロロプレンソックスの耐久性についてお話しします。楽しみにお待ちください。
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