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2022/07/27

コラム

伊藤さとしの“やさしいへらぶな釣り” 散り桜のびん沼川で初夏の“伊吹”を感じながら…

日本で最も身近で、日本で最も人気のある釣り場。

それが埼玉県さいたま市、富士見市、川越市の3市にまたがる荒川旧川の名釣り場、「びん沼川」だ。

平日でも時に1000人以上の釣り人が訪れるという破格の人気釣り場。そんなびん沼川では、今年の春も川岸に桜と菜の花が競うように咲き乱れていた。

「だいぶ暖かくなってきて、地べらも動き出しているんですよ。そんなにたくさんは釣れないかもしれないけど、今日は初夏の雰囲気も感じながらのんびり楽しみたいですよね。」

桜も散り始めの晩春、やってきたのはお馴染み、名手・伊藤さとし。

しなやかなへら竿の釣り味を存分に楽しみつつ、伊藤が提唱する「やさしいへらぶな釣り」の世界へ、ようこそ―――。

びん沼川、両ダンゴの宙。 お気に入りの竿で。

朝、「ちょっと早く着き過ぎちゃったかな」と、筆者は釣り場近くのコンビニで時間を潰していた。伊藤さとしとの待ち合わせは、ポイントに7時。まだ時刻は6時前だった。

そんな時、携帯が鳴った。伊藤からだ。

「思ったよりたくさん人が来てるから、先に入って準備してますね。」

食べかけたサンドウィッチを慌てて口の中に押し込み、コンビニから車を出す。

砂塚橋を渡りながら川を見ると、思わず驚く。

人、人、人!

早朝の川岸は、すでに見渡す限り釣り人で埋め尽くされていたのだ。

6時過ぎ、この日のポイントに到着する。

「相変わらず凄い人でしょ!?まして今日は天気もいいし、午後から風が強くなる予報だから、午前中に集中したのかもしれないですね。」

取材日は4月11日(月)。関東地方では連日記録的な夏日が続いており、この日も日中は25℃まで気温が上がって暑くなる予報。ただ午後は南風が強まりそうで、それを見越して「早朝組」が増えた感じだった。

「ざっと見渡す範囲でも100人以上はいるでしょう。おそらく川全体だと300人くらいかな。で、早朝組、日中組、夕方組…と入れ替わるから、多い日には100人以上は来ちゃう。凄い釣り場ですよね。」

釣り場からすぐ近くに住む伊藤にとって、びん沼川は「最も身近で、最もメジャーな人気釣り場」。ただ日本全国を飛び回る伊藤にとって、近年は竿を出すのは年間12回くらいとのことで、この日も久しぶりの釣行。とても楽しみにしていたという。

「今日はね、たくさん釣りたいというよりは、色々なサイズのへらを、1枚1枚じっくりとその引きを味わいながら、とにかく『楽しみたい』んです。」

ポイントの水深は約2m。伊藤がチョイスした釣り方は両ダンゴの宙釣りで、ウキ下は底近くからカッツケまでを探りながらの釣りになるという。

「意外と底近くが小べらで、水面(カッツケ)の方が型が良かったりもするんだけど、今日はどうかな?」

伊藤はそう言いながら、ゆっくりと丁寧に道具のセットを終えた。

  

● 竿  【特作 伊吹】12尺
 

● ミチイト  0.8号
 

● ハリス  上下0.4号 30―40cm
 

● ハリ  上下5号
 

● ウキ
SATTOメタルブルー ブラウンラベル6.5番(パイプT8.5cm カヤB6.5cm カーボン足5cm ※エサ落ち目盛は全7目盛中、2目盛沈め)
 

● エサ(両ダンゴ)

カクシン ・・・ 400cc

コウテン ・・・ 200cc

水 ・・・ 200cc

※5分放置後、10回程軽く練る

BBフラッシュ ・・・ 100cc

  

「今の時期だと適度にアタリがあって、1日やって色々なサイズが30枚くらいかな。全てが『ちょうどいい釣り』なんだよね、びん沼って。肩肘張らずに短時間でも十分に楽しめるし。人気があるのもうなづけますよね。」

綺麗な落とし込みで第1投が入ったのが7時ジャスト。気温はグングン上昇していて湿度も高く、どこか梅雨時の朝を思わせるような雰囲気だ。

「最近は本流からのデカい地べらもポツポツ出てるんだけど、基本的には尺前後の綺麗なへらが相手になります。小サイズの放流物もいるから、ウキは飽きない程度に動くんです」

開始から数投で、早くもウキはモヤモヤとしたサワリを出し始めていた。

打ち始めのタナは深めの「底ちょい切り」。まずはタナはここに固定し、じっくりとエサを打っていく。

「こういうシチュエーションで、しかも色々なサイズのへらが釣れる時っていうのはもうこの『伊吹』が最高なんです。そもそも大好きな竿で、このカーボンロッドとは思えないような重厚な軟調子は最高だよね。僕も日本全国を回るけど、本当に大好きな竿で、ロッドケースにはいつも必ず最低1本は入っていますよ(笑)。

あとね、釣り味もそうなんだけど、僕的には、仕掛けを回収した後に竿掛に置いた時のこの何とも言えない『シトッ』という感触が大好き。これ、『伊吹』にしか出せない優しくて温かみのある感触なんですよ。

あとこれ見て。仕上げだって綺麗だよねぇ。これ、最後は全部職人さんの手仕上げだから、1本1本全て表情が違うんだ。これってもう工業製品というより工芸品に近いですよね」

「ロケーションも最高だし、ちょうど暖かくなって、両ダンゴでいいへらも喰い始めたんですよ」

そう言って伊藤さとしが誘ってくれたのが、もはや説明不要の人気釣り場、びん沼川だった。6時半にポイントに到着すると、早くも川の両岸は綺麗に等間隔で並んだ釣り人でぎっしり。伊藤が出した竿は「特作 伊吹」12尺で、エサは両ダンゴ。底近くからカッツケまでを探る宙釣りとなった。

散り始めた桜と菜の花のコンビネーションが美しいびん沼川。

シマノへらバッグXT&偏光グラス。

シマノの「味わい部門」の最高峰、それこそがこの「特作 伊吹」だ。竹竿を思わせる重厚でしなやかな軟調子はカーボンロッドとは思えない感触。「スパイラルX」はもちろん、「伊吹」の性格を決定付けているのがブランクスとバランサーを一体化した「しなり調律Ⅱ」と、一つひとつこだわりの作業によって配される「力節」によるネジリ剛性。和竿の世界に倣いながらもさまざまなテクノロジーによってカーボンロッドでしか到達し得ない境地を表現している。デザインはシンプルな口巻だが、仕上げは職人よる手作業で、一本一本全て微妙な風合いが異なるという贅沢なものとなっている。

さまざまなサイズの引きを楽しむ。 「伊吹」の独特な世界観に、酔いしれる…

開始から30分ほどで、この日初めて強いアタリが出た。

モヤモヤとウケながらも深く入ったトップが、そのまま「ダッ!」と消し込む。

「いいアタリでしたねぇ。落ち込みからそのまま飛び込んでいった感じ。」

元々静かなアワセである伊藤だが、竿のせいか、この日はさらにソフト。「シュッ」というよりは「スッ」という感じで軽く竿を跳ねると、「コンッ」と小気味好く竿先が止まった。

「これは放流物かな。でもやっぱり流れもある川のへらだから、とても元気ですよね。」

ゆっくりと竿を立て、「コンコンッ」という引き味を竿先で楽しむように味わった伊藤は、8寸級の小ぶりで綺麗なへらを優しくタモまで導いた。

「『伊吹』ってさ、さまざまなサイズのへらの引きを楽しめるっていうのがいいんですよね。小さめのサイズは竿先がしなやかに追従して『コンコンッ』って感じの引きになるし、中型以上だと、今度は一気にグッと胴に入ってくる。この竿って凄く軟らかいんですけど、意外にバット(元)は強くて、思わぬ大型が来ちゃっても結構大丈夫。ものすごく懐深い竿なんです。」

同じく飛び込むようなアタリで、立て続けに放流物が続く。

その度に伊藤は穏やかな表情でゆったりと竿を立て、竿先に感じる感触を楽しんでいる。

「『飛び込み系』のアタリなんだけど、アマいナジミはダメですね。軟らかいエサで、きっちりと多めにナジミを出すのがコツかな。ブレンドだと『カクシン』が踏ん張ってくれてるんだけど、もちろん、エサ付けも大切。チモトはしっかり押さえつつ、下(底部)はラフ…というか、ハリが少し露出するくらいがいい。こうすることで、水中に入った時、そしてぶら下がった後も自然な膨らみ方をしてくれる。ただ持つだけのエサだとやっぱりアタってくれないし、アタってもカラになっちゃう。さすがに連日これだけの人達に攻められてるから、普通の川なんかより数倍はへらも賢い。」

10枚目まではあっという間。しかし、ポツポツと良型が交じるようになってくると、その釣れるペースはいったん落ち着きを見せる。

「びん沼川って、この感じがやっぱりちょうどいいんだよなぁ(笑)。」

次第にアタリ数は減り、釣れ方もポツリポツリといった状況に。それでも伊藤は焦ることなく、そんなびん沼川ならではの程良く心地良いリズムを楽しんでいた。

見上げれば、まるで粉雪のように舞い散る桜の花びらと菜の花のコンビネーション。そして、最高の竿…。

独特の世界観に、伊藤も記者もすっかり酔いしれていた。

仕掛けを回収して竿を竿掛に置く時の、「シトッ」とした重厚感溢れる優しく温かみのある感触…。それこそが「特作 伊吹」最大の美点だと、伊藤は言う。なるほど、どうしても我々は振り込みや取り込み性能の方に目が行きがちだが、これは伊藤ならではの視点。「たくさん釣る」だけじゃない、へらぶな釣りそのものの「夢」を追い求め続ける伊藤らしい感性だと思い「伊吹」の特長をよく捉えていると思う。

軟らかいエサを確実に持たせる(ナジミ幅を出す)のがこの日のポイント。「カクシン」の「ふんばり感」を利用するのはもちろんだが、伊藤はエサ付けにも細心の注意を払い、ハリスを下から引いた後、チモトをしっかりと押さえていた。ただこの時にエサ全体を綺麗に成形してしまうと「持ち過ぎ」となってしまうので、エサの底部はあえてハリが出るくらいにしておき、水中での自然な開き、膨らみを演出していた。

タナを動かしながら…

9時を過ぎると、予報どおり気温はさらに上昇。暑いくらいの陽気となっていく。

「なんか、今年は春がなくていきなり夏が来ちゃった感じですよね。桜も一気に咲いて、一気に散っちゃった。まあでも明日からまた天気も崩れるみたいだから、今日はラッキーでした。冷たい雨よりは暑い方がいい。」

ひらひらと絶え間なく目の前を桜の花びらが落ちていく中、伊藤は朝よりはかなりゆったりとしたペースでへらを掛けていく。そしてふと気付けば、タナをこまめに上下させているのだった。

「基本は深めでやっていて、カラツンが出たら徐々に浅くしていく。で、何枚か釣ったらまたアタリが途切れるから、一気に深くしてあげる。すると変えた1投でかなりの確率でアタる。エサを難しくいじり倒すよりも、これだけでも案外、ポツポツ拾っていけるんですよ。」

またこの日は深めの方が型も良かったことから(逆のことも多いとか)、基本は底近くの深めでやりながら、へらの気配が濃くなった時だけ浅く。それで何枚か釣ると必ず気配が遠のくので、そうなったら浅めに固執せずに、一気に底近くまで戻す…といったローテーションに辿り着いた。

11時、気が付けばカウンターの数は「20」を示していた。

しばし釣り台を降り、昼食休憩をとる。

再開すると、急激に左からの風が強くなる。その風に押されたのか、上流方向(右方向)への流れが一気に強くなっていった。

「うん、予報どおりですね(苦笑)。かなりキツいけど、もう少しはなんとかなるかな。またこういう時に釣れるへらの方がデカかったりするから。」

流れの上(左手)にエサを打ち、真正面に来るまでのアタリを狙う。待てないので、エサはさらに軟らかく、小さくなる。

  

「よし、これはまあまあいいへらですよ」

  

流れの中で貴重な早いアタリをとらえた「伊吹」が、大きく曲がる。

「この竿は人に優しいだけじゃなく、同時に魚にも優しい。だから大きいへらでも無用なショックを与えないから、ゆったり静かに上がってきますよね。」

尺上の綺麗なへらぶなが、伊藤のタモに静かに収まる。

残念ながら13時にはさらに風が強まって24枚で納竿となったが、伊藤さとしの横顔には、“やさしい笑顔”がいっぱいに溢れていた。

コンスタントに釣り続ける伊藤の下には、次々と教えを請いにファンが集う。伊藤は一人ひとり丁寧に時間をかけてアドバイスを送っていた。

びん沼川の美しい地べら化した良型。水面に浮いた桜吹雪とともに、タモに吸い込まれた。

プロフィール

伊藤 さとし (いとう さとし)

アドバイザー

日本へら鮒釣研究会・板橋支部では82年~91年、年間優勝7回。日研個人ベストテン最年少優勝。シマノジャパンカップへら釣り選手権大会のテレビ放送やウェブでは、釣り人の観点で詳細に解説。日研板橋支部、アイファークラブ、武蔵の池愛好会所属。

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特作 伊吹(とくさく いぶき)

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