2022/06/03
コラム
伊藤さとしimpression 「特作 伊吹」でしか味わえない、“やさしい時間”。
常々、「やさしいへら鮒釣り」を提唱し続ける、名手・伊藤さとし。
釣果やサイズだけにこだわらず、へら鮒釣りならではの「夢」を今日も追いかけ続けている。
そんな伊藤さとしが大好きな竿が、この「特作 伊吹」だ。
カーボンロッドの域を超えた孤高の軟式ロッド。
そのどこまでもふくよかでやわらかなタッチを、伊藤は心から愛し続けている。
「つい、ロッドケースに一本は忍ばせてしまう竿」
「日本全国の釣り場を駆け回っているけど、ロッドケースについつい一本は忍ばせてしまう竿。それが『特作 伊吹』なんです。」
野釣り、それもこの時期(春)ともなれば、各地の巨べらを求めて駆け巡るイメージが強い伊藤。しかし、「伊吹」と言えば、軟調カーボンロッドの代名詞的存在だ。実際、使う場面は限られてくるはずだが…。
「そのとおりです。実際、乗っ込みやダム湖なんかでは出動することはまずないですね。ただ、使わないと分かっていても、つい一本だけは入れちゃうんですよ(苦笑)。持っていないと落ち着かないっていうか、それくらい純粋に大好きな竿なんです。」
和竿(竹竿)に倣い、敬意を表しながら、カーボンロッドでしか到達し得ない使い勝手の良さと、独特のタッチを表現することに成功している「伊吹」。発売から年月が経っているが、決して色褪せない、孤高の人気を誇っている。
「まず凄いのは、継いだ時、持った時の“やさしい感触”ですよね。理屈抜きで惚れ惚れするような、そんな感覚。確かに竹竿に近い感じではあるんですけど、それとはまた違ったカーボンならではの整然とした淡麗感があるんです。同じ『特作』の『特作 天道』もそうですが、もう唯一無二というか、そんな感触がある。『天道』は剛の竹竿を表現した作品ですが、こちらの『伊吹』の方は、もうストレートに軟らかめの竹竿の世界が味わえる。それでいて、カーボンでしか出せない味わいも、ちゃんとある。これはもう、『伊吹』というひとつのジャンルですよ。」
魚のサイズに合わせて楽しめる竿
「『伊吹』が凄いのは、あらゆる魚のサイズに合わせて、それぞれの引き味を存分に楽しめる、というところなんです。小さい魚だから楽しめないなんてこともなく、さりとて大型のへらが掛かった時も慌てることもない。それぞれのサイズで、それぞれの引き味をじっくりと楽しめる竿に仕上がっているのが一番凄いところだと、僕は思うんですよね。」
例えば、この日訪れていた埼玉県・びん沼川。放流されたばかりの手のひらサイズのへらから、少し育った8寸、9寸級。そして、地べら化した尺上(30cm以上)の良型まで、実にさまざまなサイズのへらぶながちょうどいい間隔で竿を曲げてくれる。そして、そんな釣り場こそ、「伊吹」をもっとも楽しむことができる釣り場なのだという。
「小さいへらだと、竿先が実にしなやかにコンコンッて追従してくれて、これが実に気持ちいいんですよね。小さいから楽しくないなんて感覚は、微塵も感じさせない。『伊吹』の穂先はパワーが出やすいチューブラー穂先なんですけど、これをあえて太めに、かつ軟らかく仕上げているんです。それによって、しなやかななんだけど懐の深い、竹の削り穂のような感触を生み出しているんですよね。太い分、アワセた時の絶対的な水切れ感は他の穂先(極細チューブラーやムク系の穂先)に譲るんですけど、これがまた『伊吹』ならではのゆったりとした感触を生み出していて、とてもいいんです。シャッシャッとアワせて数を狙っていくような、そもそもそんな竿のキャラクターではないですからね。」
「伊吹」の良さ、そしてそれを決定付ける要素として、まずは太くしなやかなチューブラー穂先を挙げた伊藤。さまざまなサイズのへらぶな、また時には「小さな命」である他のゲスト達の引き味もやさしく楽しめるような、そんな感触こそが「伊吹」最大の美点であるとやさしく笑うのだ。
シンプルながら、孤高のデザイン。
「伊吹」のデザインは、きわめてシンプルだ。
へら竿の王道を行くデザインには口巻と段巻があるが、「伊吹」はあえてシンプルな口巻デザインを採用することで、その個性をさらに際立たせることに成功している。
しかしもちろん、ただシンプルなだけではない。
「ただ、ただ凄いと思う、この仕上がりは。これ以上ないくらいシンプルな口巻なんだけど、だからこそごまかしがきかないとも言える。竹地の部分なんかはすべて職人さん達による手作業だし、一本一本全て風合いが微妙に違うんですよ。工業製品でありながら、これはもう『工芸品』の域に達していると思います。
『芽』も見事ですよね。これももちろん、全て手作業で筆が入れられている。そしてここに『芽』こそ『伊吹』のこだわりが最も詰め込まれた部分で、この『力節(ちからぶし)』と呼ばれる部分は、そのデザイン性だけでなく、ひとつひとつの節が「力」となって機能していて、グっと曲がり込んだ時に底から湧き上がるような『力』を発揮するんです。だからこそ、大型が掛かった時も慌てることなく、予想以上の力感を伴って抜き上げてくることができるんですよ。軟らかく、大きく曲がるんですけど、それが不快になる手前で見事に持ちこたえる。だからこそ、使っていて心に余裕もあるし、それが「楽しさ』につながっているんです。」
シンプルかつ、重厚に繊細に作り込まれた口巻デザイン。そして、美しく筆入れされた「芽」が主張する、「力節」に込められた想い――――――。
「伊吹」でしか表現し得ない世界観が、ここにはある。
理屈抜き、唯一無二の「やさしい感触」。
しなやかな軟調子を体現するブランクスは、小さなウキを苦もなく沖へと運んでいく。振り込み性能に関しては、もはや言わずもがな。これ以上ないくらいの高みへと到達している。「伊吹」はそのキャラクターから、どちらかといえば身近な野川などが似合うが、伊藤は管理釣り場や準山上湖に行く時でさえも、つい「伊吹」を持ってきてしまうのだという。
「管理釣り場の浅ダナなんか、実は最高なんですよ。振り込み性能は唯一無二ですし、へらを掛けた時のバラシも極端に少ない。いや、『伊吹』でバレちゃうならもう仕方ないとすんなり諦められちゃいますから(笑)。掛け心地も最上級で、さすがにキロアップの大型ばかりの釣り場だとキツいんですが、それでも、1枚1枚を楽しむような日なら、最高の相棒になると思うんです。強い竿でガンガン引いて競うのももちろん楽しいんですが、へらぶな釣りってそればっかりだと疲れちゃうし、本来の『楽しさ』を忘れがちになってしまうと思うんですよね。ですからたまにはこういった竿でゆったりと釣りを楽しんでもらえれば、またへらぶな釣り本来の『やさしさ』というか、楽しさに気が付くと思うんです。忙しい日々、そして忙しい釣りの中で、ふと『原点』を思い出させてくれるような…。僕にとっても、『伊吹』はそんな存在なんですよ。」
さらに伊藤は言う。
「へらぶな釣りの本道が人と『競う』ことなってしまった人がいます。もちろん競技会は楽しいですが、それが全てでは、ちょっと虚しいですよね。また、巨べら釣りでサイズだけを追い求めていくような世界もまたものすごく楽しくはあるのですが、やはりそれだけでも何かが欠落してしまいます。僕は両方を味わってきたし、味わい続けてもいますが、へらぶな釣りってやっぱり仲間と笑いあいながら、そして釣れてくれたへらぶなに愛情を持って1枚1枚を楽しむような、そんな釣りが本道であって欲しい。僕はいつも、そんなことを願いながら釣りを続けているんです。そしてそれを想う時、僕の右手には『伊吹』があるんですよ…なーんて言ったら、ちょっとキザですかね(笑)。」
孤高の軟式カーボンロッド、「特作 伊吹」。
全国を駆け回り、「やさしいへら鮒釣り」を提唱し続ける伊藤さとしにとっては、まさになくてはならない存在なのだ。
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