栃木県日光市の鬼怒沼に源を発し、利根川に合流して太平洋に注ぐ鬼怒川。江戸時代以前は利根川と合流せず、関東平野東部に大きく湾入していた内海である香取海(かとりのうみ)へ流入する大河であった。
176.7kmの流程は利根川水系の支流の中で最も長く、下流域の広大な流れは大本流と呼ぶに相応しい。水量が豊かな本流域には大ヤマメやスーパーレインボーが棲息し、鮎釣りでも豪快な瀬釣りを楽しむ釣り師に絶大なる人気がある。
宇都宮市で生まれ育った坂本禎さんにとって、鬼怒川は幼少時から慣れ親しんだ遊び場のようなもの。坂本さんの躍動感溢れる友釣りは、この鬼怒川で培われたといってもよいだろう。そんな坂本さんが、本業の鮎釣りと平行して楽しんでいるのが、本流の大ヤマメ釣りだ。
「釣り歴としては鮎釣りのほうが長いんですが、成人してからでしょうかね、本流で大きなヤマメが釣れるという話を聞いて、見よう見真似で始めてみたんですよ。簡単には釣れませんでしたが、繊細さと豪快さが同居する釣趣に魅了されて、今もシーズン中は暇さえあれば川に入っています」
2018年は不調だった鬼怒川の本流ヤマメだが、2019年シーズンは復調し、春以降は40cm近い良型が釣り上げられているとのこと。ならば、とのことで、坂本さんの釣りに同行したのは8月のお盆前のことだった。
「水温が高い時期なので小型も多いとは思うのですが、できれば40cmオーバーを釣りたいですね」
稀代の大鮎師として知られる坂本さんであるが、ヤマメ釣りにおいても大物指向なのである。
夏の夜明けは早い。鬼怒グリーンパーク付近の河原に立ったのは午前4時過ぎ。日が差す前ながら、うっすら汗ばむほどの陽気だった。
坂本さんが手にした竿は『ボーダレスGL(ガイドレス仕様・Rモデル)』の810Tである。
「鮎のシーズンが始まっても、ボーダレスGLのRモデルは必ず車に積んであるんですよ。鮎釣りに出かけるときは当然鮎竿を持って行きますが、北関東の河川は水温が低いので、解禁当初の早朝は鮎の活性が上がりきらないことも多々あります。こんなときはボーダレスで午前中はヤマメを狙い、午後から鮎釣りに切り換えることもあります。竿と引き舟はそのままで、仕掛けを取り替えるだけで2つの釣りを楽しめるので便利なんですよ(笑)」
本流のヤマメ釣りでも、終日竿を振るなら『スーパーゲーム刀NA』や『スーパーゲームスペシャルZM』がメインロッドだが、それでもボーダレスGLのRモデルは必ず携行するという。釣りに出かけたのはよいが、不意に雨に降られて本流が増水し、支流に逃げることも少なくない。こんなときに6.3〜8.1mのボーダレスが活躍するのだとか。
「支流の友釣り用、ヤマメ用と用意できればそれに越したことはありませんが、竿は高価だし荷物も増えるしで、そうそう持って行けるものではありません。そんなときに“何でもできる竿”があると助かるんですよ」
鮎竿の代わりでも本流竿の代わりでもなく、ボーダレスというジャンル、釣趣が存在するというイメージだろうか。ともあれ、坂本さんが楽しむ釣りにおいて、“専門”の間をくまなく埋めるアイテムが、ボーダレスというわけだ。
坂本さんが朝イチにセットした仕掛けは、フロロカーボン1.2号の通しに、本流ヤマメバリ9号。
「40cmオーバーが喰っても大丈夫なように、最初はしっかりした仕掛けを使います。喰いが渋ければハリや糸の号数を落としていきますけどね」
いざ実釣。しかし明るくなって川を見てみると、変な濁りが入っている。宇都宮周辺では雨は降っていない。とすると……。
「上流で強い雨が降ったのかもしれませんね。ちょっとこれはキツイなぁ……」
ここでの釣りは早々に諦めて移動することにした。
めぼしい場所の水色をチェックしながら上流を目指す。どこかの支流から流れ込んだ濁りなら、合流点の上流ならば水が澄んでいるはずだ。やがて日光市に入った大渡橋に辿り着いた。ここはまったく濁りがない。
「どうやら大谷川からの濁りのようですね。ここなら問題なく釣りができますよ」
坂本さんは手早く身支度を整え、川へ立ち込んでいった。
ヤマメ釣りといえば、流れ込みなど流れが集まる場所や、ちょっとした深みを点々と狙っていく釣りである。本流域でも地形の規模が大きくなるだけで、基本的なポイントは変わらない。しかし坂本さんは、他の釣り人が狙わないような瀬の中にも積極的に仕掛けを入れ、“線”で釣り下っていくのである。
「夏場のヤマメは活性がありますから、瀬の中に出てきます。こんな瀬でも結構いいヤマメを釣っていますからね」
竿出しから10分も経たなかった。ボーダレスが大きく弧を描いたのである。流れに乗ったヤマメの引きは強い。時折腰を落として引きをいなし、緩流帯へ魚を引き込む。
余裕のやり取りで玉網に収めたのは29cmのヤマメ。小型が多い状況を考えれば納得のサイズである。時計の針は午前8時30分を指していた。
「水温が高く1尾出すのも難しいと思っていただけに、これは嬉しいですね」
ひととおりポイントを探った後は、さらなる大物を目指して移動する。午後から入ったのは小林橋下流の瀬。この頃にはいくぶん濁りも収まっていた。
長い瀬を少しずつ移動しながら釣り下っていく。水深は深い所でも腰上程度に見受けられ、本流域としては浅いポイントである。アタリらしいアタリはなく、そろそろ移動しようかという雰囲気が漂い始めた頃、突如としてボーダレスがへし曲げられたのである。
大きい。流れを下ろうとする魚の先手を取り、坂本さん自身も下流へ足場を移して魚をカミへ回した。完全な勝ちパターンである。
しかしだ。得体の知れない大物はここから一気に上流へ走り、まともにやり取りをさせてもらえないまま、1.2号のラインをぶち切っていったのである。1.2号といえば本流の大ヤマメ狙いとしても決して細くはない。少々体勢が悪い状態で掛けたとしても、尺上クラスならグッと矯めているだけでも寄ってくるはずだ。
鬼怒川には50cmを超えるスーパーヤマメも棲息している。相手は相当な大物であったに違いない。悔しさに打ちひしがれつつ、この日はここで竿を納めた。
翌日も夜明けと同時に釣りをスタート。まずは宇都宮の鬼怒川フィッシングエリア下をチェックし、その後は上流の氏家大橋へ移動した。前日のバラシが悔しかったのか、坂本さんが結んだラインはフロロカーボン2.5号。本気である。
橋の上流にある流れ込みを攻め始めたところ、早々にアタリがきた。太ハリスに任せて強気で取り込んだのは、30cm台後半のニジマスだった。
「鬼怒川はニジマスも多いんですよ。60cmクラスもいるので、これはこれで楽しいターゲットですね」
その後は柳の下のドジョウならぬ、橋の下のモンスターを求めて再び小林橋へ向かう。藪を掻き分け、橋の上流から前日のポイントまで2km以上にわたって釣り下ったが、残念ながらこの日はアタリなし。大物を逃した無念さはあるものの、攻めきったという満足感も大きかった。
「どんな釣りでも、魚を釣る最大の秘訣は、まず“やってみること”なんですよ。思い立ったらすぐに釣りができる。それもいろんな釣りができる。これがボーダレスという竿なんですよね」
本流釣りと聞くと敷居の高い釣りのように感じる人も多いかもしれない。しかし、市街に最も近い本流域は最も身近なヤマメフィールドであり、思わぬ場所に大物が潜んでいる。30cm、40cmクラスはもちろん、50cmを超える大ヤマメを釣り上げるチャンスは誰にでもあるのだ。
エサは釣具店でミミズやブドウムシを買っていってもよいし、現地で石裏に着いているクロカワムシを採ってもよい。まずは“やってみること”。この第一関門をクリアすれば、モンスターとの出合いはさほど遠くはない。