長野県、山梨県、静岡県に跨る南アルプス(赤石山脈)。一帯はユーラシアプレート、北米プレート、フィリピン海プレートがせめぎ合う場所であり、この南アルプスもプレート同士の圧迫によって隆起したもの。3000mを超える山を9つも擁し、現在も年間3mm以上の隆起を続けている。この隆起速度は世界でも有数の速さだという。

そんな南アルプスの東麓、無数の沢を集めて富士川に注ぐのが野呂川である。テンカラ釣りの第一人者である石垣尚男さんとここを訪れたのは7月下旬のこと。今回は野呂川の支流に入り、盛期のイワナ釣りを楽しもうという目論見だ。

「野呂川水系は、最近知人に案内してもらった川で、私自身ここで釣りをするのは2回目なんです。今日入るのはキャッチ&リリース区間で、魚は非常に多いです。最源流に近い所なのですが、山の保水力が高いためか水量が豊富で、かつ安定しているんです」

河原へ下り立ってみると、大岩が連なるいかにも源流といった雰囲気だ。水際まで木が生い茂り、石にびっしりと苔が付いているのは大水が出ていない証拠。夏の風はどこまでも爽やかで、身を置いているだけでも清々しい気持ちになってくる。

腹に差した鮮やかなオレンジが印象的な野呂川水系のイワナ。エサが少ないはずの源流域でも丸々と太っている。

支流に入ると苔むした岩が連なる美しい川相が続く。苔が流されていないのは水量が安定している証拠だ。

石垣さんはゆっくりとタックルのセットに取りかかった。竿は新製品の 『渓峰テンカラNR』。胴調子の 『パックテンカラZW』 『渓流テンカラZL』 『本流テンカラNP』 などとは異なる先調子の竿である。

「先調子の竿はキャスティングにコツが要るので、初心者にはやや扱いが難しいのですが、ある程度経験を積んだ人であれば、スイングに遊びが少ない分、精度の高いキャストが可能になります。また、フッキングのレスポンスもよく、取り込みも早いのが先調子の特長ですね。掛けたらその場でパーンと魚を抜くような釣りにも向いています」

この日は3.3m、3.6mの2本を用意した。源流とはいえ頭上は比較的開けており、どちらでも十分に振れそうな川相である。

穂先からナイロン0.4号6本の撚り糸を介してストレートラインを結ぶ。縒り糸は合わせ切れを防ぐショックアブソーバー的なものだ。ここまでの長さが竿丈いっぱい。その先にフロロカーボン0.8号のハリスを約1m取り、毛バリを結ぶ。毛バリは自作の「バーコードステルス」である。

第一投を振り込んだのは午前9時30分を過ぎた頃。めぼしいポイントを2カ所ほど叩いたところで、早くも最初のアタリがきた。ゆっくり寄せてタモへ落とし込んだ のは17~18cmの本命。

「早朝でまだ水温が低く、イワナの活性も上がりきっていないようですが、10時を過ぎればもっと喰ってきそうな気配です。ここはあまり小さいのはいなくて、喰ってくればほぼこのサイズより上です。まぁ頑張ってみましょう」

とりあえずファーストヒットは嬉しいもの。岩陰から猛然と毛バリにアタックしてきた元気印をリリースし、さらに上流を目指した。

野呂川水系で竿を出すのは2 度目だという石垣尚男さん。最初の釣行で美しい景色とイワナに惚れ込んでしまったとのこと。

源流域ながら頭上は比較的開けており、十分なバックスペースがある場所も多い。木の枝を気にせず竿を振 れるのはありがたい。

竿出しから間もなく17~18cmのイワナが喰ってきた。日が昇って水温が上がれば、さらに活発に喰ってくるはず。

毛バリは愛用の「バーコードステルス」。ドライフライを見慣れている魚に対しては「やや沈む毛バリ」が効く。

山陰から太陽が顔を出し、陽光が川面を照らす頃になると活発にアタリが出るようになった。流れ込みの脇にできた緩流帯、大石の陰、岩のエグレといったポイントへ毛バリを落とすと、かなりの確率で喰ってくる。

「ここはフライマンがよく入る所で、ドライフライで攻める人が多いらしいんです。テンカラの沈む毛バリを見慣れてないせいか、喰い方が非常に素直です。ただ、あまり深い所にでは出ませんね。30~50cmの水深で、底石が入っているポイントのほうが反応がよいようです」

やがて20cmオーバーもヒット。源流域では十分に良型と言ってよいサイズだ。エサが少ない源流域のイワナはスリムな個体が多いのだが、ここのイワナは丸々と太っている。腹に差した鮮やかなオレンジが美しい。

「昨夜に降った雨でやや水が高いのですが、イワナの活性は高く、今のところは楽しい釣りができています。ただ、ポイントを外すと喰ってこない。一投目で正確にポイントへ毛バリを入れれば、ほぼ喰ってくるんですけどね」

いくら活性が高いとはいえ、闇雲に毛バリを打つだけでは喰わないのである。雑な釣りをして魚を警戒させてしまってはもったいない。よい日並みに恵まれたからこそ必要な気配りがあり、正確なキャスティングが要求されるのだろう。

山陰から日が顔を出すと、さらにイワナの活性が高まった。ポイントへ正確に毛バリを落とすと、ほぼ一投目で喰ってくる。

喰いがよいなかでも、深い場所では反応が鈍い。やや浅めのポイントのほうがアタリは多かった。

20cmを超える良型もヒット。よほどエサが豊富なのか、源流域の魚とは思えないほどグラマラスだ。

軽く昼食を取った後も順調に釣れ続けた。フライマンが粘る堰堤下ではさすがに魚がスレてはいたものの、ここぞというポイントではかなりの確率で魚が出てくれた。竿を仕舞ったのは午後3時前。実に楽しい釣りであった。

「終日にわたってイワナの活性が高かったので、正確にポイントへ毛バリを落とすことができればほぼ一投目、遅くとも三投目までには喰ってくれました。そういう意味で、今日の釣り場は先調子の『渓峰テンカラNR』に合っていたように思います」

先調子といっても胴がビンビンに張っているのはなく、テンカラのレベルラインを快適に扱える範囲内で調子を先に寄せているだけのこと。胴調子竿はバックキャストで竿を曲げてラインを招くが、先調子の竿は手首のスナップで軽く穂先を曲げるだけで、ピシッとラインが後方へ跳ね上がり、フォワードキャストでスルリと前方へ伸びていく。

南アルプスの清らかな水が育んだイワナは美形揃い。景色も格別だった。またぜひとも訪れてみたい美渓である。

いくら魚の活性が高いとはいえ、雑な釣りをして魚を警戒させたら元も子もない。ポイントへは身を低くし、慎重にアプローチすること。

大場所である堰堤下は、フライマンもじっくり攻めるポイントで魚もスレ気味。狙いの筋へ正確に毛バリを落として喰わせた。

昼を回っても順調に釣れ続け、満ち足りた気持ちで竿を納めることができた。イワナは美形揃い。景色も格別だった。