朝は長袖でも肌寒さを感じたが、山の上から8月の太陽が顔を出すと、周囲はうだるような暑さに包まれた。ここは山形県米沢市。県内でも指折りの豪雪地帯に、遅く短い夏がやってきた。
「時期的にイワナがメインターゲットになると思います。水温がやや高めで、ヤマメは小型が多いんですよ」
米沢市で生まれ育った我妻さんは、ゆっくりと竿を伸ばした。
南部に飯豊山地や吾妻連峰が控える米沢の地勢は典型的な盆地。大小の谷筋から集まった流れは、幾筋もの川となって街を潤す。今回はそのなかのひとつ、大樽川でまず竿を出した。
「市街に近いあたりはヤマメが多いのですが、一定の場所から上流はイワナだけになります。日帰りで釣行できて、さほど険しい場所もないので、日頃からよく竿を出す川です。今回は新しいイワナ竿を持ってきているので、ぜひともいい型のイワナを釣りたいですね」
我妻さんの手には、2019年末にデビューした『源流峰NR』の最終プロトモデルが握られていた。尺上を一気に引き抜けるパワーを秘めた生粋のイワナ竿である。
「かつて人気のあった『源流心』をベースに、スパイラルXをはじめとする技術で進化させた竿です。4.4mから7mまで揃っているので、それこそ小さな沢から大規模の渓流域までカバーできますね。ただ、やはり源流域のイワナを意識したアイテムですから、リュックサックに入る50cm以下の仕舞寸法にはこだわりました」
大樽川は東北を代表する大河である最上川の最源流にあたるが、まず入った場所は源流というより渓流域といった規模だ。落差もさほど大きくないので、我妻さんは5. 3mをチョイスし、仕掛けも竿丈いっぱいからスタートした。ラインはフロロカーボン0.5号の通し。ハリはイワナバリの8号。場所によっては仕掛けを詰め、チョウチンスタイルで攻めるかもしれないとのことだ。
いざ実釣。大樽川は我妻さんのホームグラウンドである。季節や時間帯、水況などによるイワナの喰うパターンは熟知しているはずだ。ここぞというポイントへ、テンポよく仕掛けを打っていく。
竿出しから間もなく、15cm前後のミニイワナが喰ってきた。これは狙っているサイズにはほど遠く、そっとリリースしてさらに上流を目指す。しかし、しばらく遡行したところで我妻さんが首を傾げた。
「小さなアタリはあるのですが、どうも魚が警戒しているような喰い方なんですよ。見れば足跡がありますから、直近に他の釣り人が入ったようですね」
ハリに乗らないアタリは、おそらく小型のヤマメだろうとのことだ。良型のイワナに思いを馳せつつ釣り上がったが、なかなか喰ってくれない。思い切って大樽川の最源流に近い白布大滝まで移動したが、ここでもアタリはなし。
「ちょっと今日の大樽川は厳しそうですね。午後からは小樽川でやってみましょう」
小樽川は大樽川と同じく最上川の支流で、米沢市街の館山城趾付近で合流する。大樽に小樽と兄弟分のように呼ばれるが、大樽川は吾妻山系、小樽川は飯豊山系と水源はまったく異なる。ここでは竿出し直後からいいイワナが喰ってきた。
入渓点の橋から20mほど釣り上がったところで最初のアタリがきた。これが24~25cmクラスのナイスサイズ。
「いやぁ、やっと狙っている型が喰ってきましたね。ホッとしました(笑)」
やがて、対岸が護岸された流れ込みのポイントに出た。いかにも魚がいそうな気配だが、流れが開いた箇所は鏡のように静かで、慎重なアプローチが要求されることは容易に想像できる。
我妻さんは開きの下流側から仕掛けを振り込む。アタリはなし。投入点をやや上流寄りへ移してさらに一投。これもアタリなし。そして次の投入は、エサを高く放り上げて、わざと派手な着水音を立てるように振り込んだ。なんとこれにイワナが喰ってきたのである。型も先ほどより一回り大きい。
「2回流してみて、イワナが追いかけてきたのがわかったんですよ。そこであえてポチャンと音を立てて、リアクションで喰わせる作戦に出たところ、うまいこと喰ってくれましたね(笑)」
我妻さんによると、おそらくこの個体は投入点より上流にいた魚だろうとのことだ。エサを見せて喰わないなら、音を立ててリアクションで喰わせる。この攻め方で遠くの魚にエサを追わせた。まさに技ありの1尾だ。
「静かなポイントなので、なるべく立ち込みたくないんですよね。『源流峰NR』は遠くから正確に仕掛けを打ち込めるし、無理な体勢からも強引に魚を寄せられます。パワー感でいえばやはりイワナ竿なのですが、ただ調子が張っているのではなく、やや胴に入る調子で、粘り強くやり取りできます」
最後に攻めた堰堤下では、まずまずのヤマメをキャッチ。これで気持ちよく竿を納めることができた。翌日は少し足を伸ばし、荒川の上流部でさらなる大物を狙う予定である。
明けて翌日、新潟県境に近い小国町から荒川の上流部を目指した。国道から県道へ入ってから30~40分は走っただろうか。林道脇のスペースに車を止めて川へ下りると、筋状の霧に覆われた水面が現れた。思わず息を飲む。渓流釣りをしていなければ、まず見ることはないであろう幻想的な風景である。
「かなり源流に近い場所なのですが、河原も広いし川幅もあります。ポイントとしては全体的に開けていて、堰堤などの大場所を攻めることもあるので、長めの竿が使いやすいと思います」
我妻さんが選んだ竿は『源流峰NR』の7m。頭上の障害物が少ないので、ここではチョウチン釣りの出番はなさそうである。
いざ竿を出してみると、ポイントらしき場所ではコンスタントにアタリがある。イワナの活性は高いようだ。
「ここは最近誰も攻めていないようですね。イワナの喰い方も素直です」
やがて目の前に堰堤が現れた。堰堤の下流は水深のあるプールになっている。目を凝らして水中を見ると、そこら中にイワナの魚影を確認できる。
我妻さんは岩を伝って静かに深みへ近づく。そっと仕掛けを振り込むこと数回。喰った。
水飛沫を上げてイワナは抵抗するが、『源流峰NR』の粘りには屈する以外ない。目測で25cm前後だろうか。綺麗な魚体だ。
「朝イチは底のほうでアタリがあったのですが、日が出てからは表層で喰ってきました。この時期のイワナは水棲昆虫よりも陸生昆虫を強く意識していて、喰い気のある個体ほど浮いているんです。これを狙って喰わせるよう心掛けました」
水中をよく見ると、1カ所に定位している個体と、一定の範囲を回遊している個体がいることに気づく。喰わせやすいのは、後者の回遊している個体だと我妻さんは言う。
木の枝が覆い被さっているような場所はセミなどの昆虫が落ちてくるので、特にイワナが上を見ています。このようなポイントでは、昨日のようなポチャンと音を立ててエサを落とす攻め方が効きます。夏場限定の釣り方ですけどね」
夏場のイワナの活性は基本的に高く、運動量も期待できる。陸生昆虫を喰い、表層を意識した個体は遠くからでもエサを追ってくる。魚の活性を利用した我妻さんのリアクション釣法。その威力を目の当たりにした思いだった。