“刀”であり続けるために
郡上釣りの伝承者である根来正巳さん、渓流釣りのオールラウンダー・我妻徳雄さん、細山さんとともに現代のヤマメ釣りを牽引してきた伊藤稔さん。3人のエキスパートからのアドバイスを元に、三代目『スーパーゲーム 刀 NA』は最終の調整に入った。
新技術を駆使した本流ヤマメ竿の理想追求。言葉にすると簡単だが、その作業は根気を要する非常に地道なものである。なぜここまでにこだわるのか。その理由は、釣り人だけでなく、開発者の心にも“細山イズム”が脈々と受け継がれているからだ。何日も川原で寝泊まりしながら、黙々と竿を振り続ける細山さんの姿がまぶたに焼き付いている。本流ヤマメ竿に対する細山さんの熱い思いが、開発担当のモチベーションを後押ししてくれた。
細山さんが刀に求めていたものはたくさんある。郡上竿を継承する魚が掛かると手元へまっすぐ曲がりが下りてくる調子、軽さ、感度などは、刀のみならず細山さんが手掛けた竿のすべてに共通する要素だ。しかし刀は生粋の本流ヤマメ竿であり、『スーパーゲーム スペシャル』とはまた違った部分にこだわっていた。
『スーパーゲーム 刀』は、シマノが持ちうるテクノロジーの結集ともいえる竿だ。そのうえで細山さんは穂先を数cm単位で詰めるなどして、理想の調子、バランスを模索した。初代も二代目も、細山さん自身が“出し切った竿”と言うほどの渾身作である。これを超えない限りは三代目を名乗る資格はない。開発担当も、妥協するつもりは一切なかった。
そして2018年7月、ようやく最終プロトの完成にこぎ着けたのである。
細山イズム、継承
最終プロトをまず試していただいたのは、シマノ鮎インストラクターであり、荒瀬大鮎釣りの名手として知られる”ドラゴン坂本”こと坂本禎さんである。細山さんと深い親交があり、幾度も釣行をともにした坂本さんは、“細山イズム”を継承する釣り人のひとり。本流釣りに関しては師弟関係、鮎釣りに関しては逆の師弟という間柄である。『スーパーゲーム 刀』を初代から愛用し、シーズン中は毎日のように川に入って大型ヤマメを手にしている猛者だ。
「刀は初代から愛用してきた思い出深い竿です。細身肉厚のブランクスから絞り出されるパワー感は、三代目にあってもまったく色褪せてないですね。ノンズームで実直な調子は、ホームリバーの鬼怒川で40cmを超えるヤマメを狙うときも、魚と1対1で勝負する楽しさを味わえます。三代目となって基本性能はかなり底上げされていますが、元となる調子が一貫していると感じるのは、いかに初代の刀が完成されていたかの証しではないでしょうか」
7月下旬には、細山さんが主宰していた多摩川山女魚道の中心メンバーにも最終プロトを振っていただいた。
「ギュッと胴まで曲がり込んで粘りを発揮する掛け調子は、しっかりと受け継がれていますね」
「前モデルより先重りが抑えられていて、振り調子はよりシャープになったように感じます」
「強風下でも楽に振り込める風切り性能は、これぞ刀といったものです」
猛暑、高水温、渇水という悪条件で大物は出なかったが、メンバー全員から高評価を得ることができ、「我が師の思いを形にしてくれてありがとう」との声を頂戴した。
そしてもうひとり、東北が生んだ若手のホープである沓沢伸さんにも最終プロトを使ってもらった。氏は細糸の釣りを得意とし、普段の本流ヤマメ釣りでは「テクニカルゲーム蜻蛉ロングドリフト」をメインとしている。本流ヤマメ竿としてはロングドリフトの対極にある『スーパーゲーム 刀』をどのように評価するのか、興味深いところだ。
「軟竿&細糸の釣りをメインとする僕にとって刀は未知の竿でしたが、しっかりと胴まで曲げ込んで粘りで魚を獲る、この調子が刀なんだなと実感しました。掛けた魚の引きはもちろん、流れの抵抗なども含めた重みが竿に乗ると、掛かった負荷なりに仕事をしてくれます。これには驚きましたね。特に9mはメインで使っている「テクニカルゲーム蜻蛉ロングドリフト」の延長感覚で使えるパワーとしなやかさがあります。細糸の釣りをメインとする僕でも、積極的に使ってみたいと思わせてくれる素晴らしい竿でした」
魚、自然、そして人に謙虚であること
17歳でヤマメと出会った細山さんが、叔父と出かけた奥多摩の本流で、尺を優に超える大物を目にしたのが20歳の頃。以来、本流の大ヤマメに魅せられ、本流釣りという新ジャンルを確立した。その後、エサでは絶対に釣れないとされていたサクラマスをのべ竿で釣り上げ、特大のサケ、果てはアラスカのキングサーモンまで仕留めてみせた。
キングサーモンの引きは強烈。左腕で本竿をホールドし、右手で竿尻を押し出すようにして竿を矯めるが、しゃがみ込んだ腰がひとたび浮かされると、空手で鍛えた細山さんの身体ごと竿が前へ引き倒されてしまう。なのになぜ、細山さんはリールもドラグも付いていないのべ竿の釣りにこだわったのか。なぜ竿1本、糸1本、ハリ1本で魚と対峙し続けたのか。
その根幹は魚への敬意にある。魚に対して、常にフェアでありたいと考えていたからだ。魚だけではない。細山長司という釣り人は、自然に対しても、人に対しても謙虚だった。類い稀な釣技、飽くなき探求心、そして穏和な人柄。細山さんを知る人は、これらを総じて“細山イズム”と呼ぶ。
フロンティアスピリットが溢れる細山さんの釣り人生。その原点は紛れもなくヤマメである。それだけに、本流ヤマメ竿の在るべき姿を真摯に追った『スーパーゲーム 刀』は、思い入れのある竿のひとつであったはず。
多くの釣り人のアドバイスを得て、ようやく完成した三代目『スーパーゲーム 刀 NA』。細山さんもその出来映えに、雲の上できっとうなずいてくれることだろう。
“最後の刀”の開発を終えて
ある開発担当は、細山さんと過ごした日々をこう振り返る。
18年前、細山さんがインストラクターを務めておられたメーカーが釣具事業から撤退することを発表したその日に、細山さんへ電話を入れたことを昨日のことにように思い出します。以来、清瀬のご自宅へ足繁く通い、釣り談義に花を咲かせたものです。
応接間に飾られたサクラマスの剥製を見ながら夢を語り合ううちに、ふと細山さんの口から「のべ竿でもっと大きな魚と勝負したいんですよね」という言葉が出たことがありました。そのとき私は「ぜひとも大物を獲れる竿を作りたいです」と即答していました。「一緒に夢を叶えましょう」と快く引き受けてくれた本流のカリスマに対し、「では最初はモニターから……」と恐れ多いことを言ってしまったことも、今となっては懐かしいですね。
その後、北は北海道から南は九州まで、細山さんとともに竿を担いで各地を釣り歩きました。
竿を握ったときの鋭い眼光は鬼気迫るものがあるが、竿を置けば温厚で優しい。そんな細山さんの人柄に惹かれたのは、きっと開発担当だけではないだろう。 「細山さんの思いの詰まった“最後の刀”を担当させてもらったことを私は誇りに思います」
細山長司という偉大な釣り人がいた。その意志を受け継ぐ釣り人ととシマノが一丸となって創り上げた。これが三代目であり、最後となる『スーパーゲーム 刀 NA』である。