イヨボヤ─
「イヨ」とはウオ(魚)が訛ったもので、新潟県村上市でサケを指す方言である。
市内を流れる三面川は、古くからサケとのつながりが深い町で、世界初となるサケの人工孵化場が設置された所としても知られる。現在もサケの博物館「イヨボヤ会館」など、町のいたる所にサケと密着した生活をうかがうことができる。
漁協もサケの一括採捕を実施して、人工孵化させて畜養したのちに放流し、貴重な水産資源であるサケの保護増殖に尽力しており、毎年秋になると、居繰(いぐり)網漁、ウライといった独特の漁法を間近で見ることができる。
内水面におけるサケの捕獲は、水産資源法によって禁止されている。しかし、一部の河川では試験研究などを目的とする有効利用調査への参加という形で、行政などからの許可を得たうえでサケを釣ることができる。一般的な遊漁では入漁料を漁協に収めるが、サケの場合は有効利用調査参加費となり、料金の名目はまったく異なるが、このシステムの確立によって、サケ釣りが公に認められるようになったといってよいだろう。
三面川では10月1日から11月30日までの期間、鮭有効利用調査が行われる(2018年度)。竿を出すまでには事前の調査員募集に応募し、釣行日を決めたうえで新潟県の許可を得なければならない。釣り人にとって、釣行日は待ちに待った日ということになる。
渓流釣りのオールラウンダー・井上聡さんが三面川に訪れたのは、10 月26 日のこと。前日の夕方に現地へ入ってみれば、川のいたる所にサケの姿が見える。激しく水飛沫が上がるのは、メスを奪い合うオスの格闘である。
「川底が白っぽく見える箇所は、サケが底を掘り返した産卵床です。あの周りには必ずサケがいて実際よく釣れるのですが、大きくてコンディションのよい個体は意外に産卵床から離れた流速のある筋にいるんですよね。釣りとして見れば、大きくて引きの強いオスのほうが楽しい。これだけサケが見えているとポイントを選ぶのにも迷いますが、明日はまず流心で大きいのを狙ってみましょう」
午前8時、河原に設けられた鮭釣り管理小屋に集合し、ここで受付を済ませる。ここで調査参加料を支払って入川順を決めるクジ引きを行い、採捕ルールの説明を受けたのちに、クジ番の若い人から川へ入る。井上さんは前日に好調だった、エリア上流の瀬に向かった。産卵床は本部前に多く見られたが、あえてここを避け、水当たりのよい瀬を選んだのは、やはりコンディションのよい魚を釣りたかったからであろう。
エサはサンマの切り身と、食紅で染めたイカの短冊で、ともに塩で締めてある。三面川ではタコベイトをセットしたうえでハリに生エサを付けるのが一般的だが、井上さんは生エサオンリーである。
「根が渓流師なのでね、極力ルアー的なアイテムは使いたくないんですよ(笑)」とのことである。
この日、竿は2本用意した。ひとつは『スーパーゲームスペシャル サーモン 83-89ZP』で、これがメインロッド。サブはノンズームの『スーパーゲームベイシス サーモン 83NP』で、比較的近くの筋を攻めるときのためのもの。ラインはフロロカーボン5 号。ハリは軸太のサーモン専用バリである。
「まだシーズン初期で平均サイズが小さいので、もっと細い仕掛けでも大丈夫だとは思うんですけどね。せっかくサケ釣りに来ているんだから、大きいのを取りたいじゃないですか。ハリスは太め、ハリもしっかりしたものを選んでいます」
スタート直後から、やや下流の産卵床付近を攻めていた釣り人が大きく竿を曲げている。井上さんもサンマの身エサを付けた仕掛けを振り込んだ。
立ち位置より上流へ仕掛けを入れ、自分の前まで流れたところで糸を張り気味にする。強めにドラグを掛けるのはエサを吹け上がらせてサケにアピールするためだ。
「サケは食性でエサを喰う個体と、威嚇でエサに噛み付く個体の二通りがいるようなんですよ。前者は海から遡上してきたばかりの個体や産卵床周りのメス、後者はオスに多い。ただ、完全に産卵活動に入っている個体は、オス、メスとも繁殖に夢中になっているのであまりエサに興味を示しません。オスの良型を釣るには、産卵床から少し離れた流速のある所が狙い目です。海から川へ入ってきて、まだ産卵活動を始めていない個体ですね」
肉眼で見えるだけでも、かなりの数のサケがいる。しかしエサに見向きもしない個体が大半。食性で喰わせるにせよ、威嚇で噛み付かせるにせよ、まずは種の保存という本能で満たされたサケの興味をエサに向けさせるのが大切だ。そのための強い張りなのである。
仕掛けにドラグを掛けつつも完全に下竿になるまで流さないのは、喰わせた後のことを考えてのこと。竿をのされたら身体ごと持って行かれてしまう。取れるか取れないかは、掛けた瞬間に多くが決まってしまうのである。
やがて、絞り込まれた流れの先で躍らせていたエサに、満を持してサケが喰いついた。竿を元竿まで絞り込み、下流へ向けてダンプカーのように疾走するサケを止める。渓流域のヤマメ釣りのような優雅さは微塵もない。まさに力対力の勝負である。
やり取りの途中では、何度も追い合わせを入れる。サケの口周りは固く、軸太のハリを確実に入れるには、合わせた直後に数回追い合わせをしたほうがいいと井上さんは言う。
逃げ場を失ったサケが水面で激しく首を振りそうになると、竿を上流へ寝かしつけるようにして水中へ押さえ込む。魚を立ち位置より上流に回した。いよいよ最後の詰めである。
取り込みを考えて手尻を短めにしておいたが、タフなサケはなかなか寄ってきてくれない。数分やり取りした後、ようやく観念の表情を浮かべて身を横たえたのは、70cmオーバーのオス。産卵床周りで釣れていた個体より一回り大きい。
「このサイズを釣りたかったんですよ。数を釣るなら産卵床周りが有利だと思ったのですが、流速のあるポイントにこだわってよかったです」
体表に付いたシーライス(海で付く寄生虫)が、川に入って間もないフレッシュな個体であることを物語っていた。
しかしこの後、サケの活性が一気に下がってしまった。周囲を見渡してもサケはたくさんいるが、エサを目の間に通しても反応してくれないのである。
「これがサケ釣りの難しさなんですよ。エサに興味を示さないサケのスイッチを、いかに入れてやるかが大切です。仕掛けを張ってエサを見せつけるのもそのため。エサも複数のものをローテーションして、サケの目先を変えることですね」
井上さんはポイントに見切りを付け、下流の深トロへ移動した。流れが緩く、サケで用いる大エサ&大オモリの仕掛けは流しにくいポイントである。
しかし井上さんは、穂先でエサを吊るようにして巧みに仕掛けを操っている。流れが緩ければ、止める、吹け上がらせるといった小細工が利き、流れが速い場所よりもポイントに長時間エサを漂わせることができるのである。
サケはそこら中にいるがエサを完全に無視している。しつこくエサを見せているうち、その中の1尾がようやくエサに襲いかかった。しばしのやり取りの後、タモ網に滑り込ませたのは60cm 前後と控え目なサイズであった。
「誘って誘って、ようやく喰ってくれました。小さくても自分の技術で喰わせた1尾は嬉しいですね」
日が傾いてきた頃には、この日一番の良型をキャッチ。晴れやかな気持ちで竿を納めることができた。
次回からは、サケ釣りのシステムと釣り方をじっくりご説明しよう。
(次回へ続く)