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イワナを探す

地域ごとに異なる模様や色合いを見せる9尾のイワナを並べた比較写真

酒井 慧(サカイ ケイ)と申します。知っているようで知らないイワナのミステリアスな魅力に惹かれ、渓流釣りを楽しんでいます。

写真:@kei.sakai_photograph
釣行記:@kei.sakai_

イワナの多様性に誘われて

イワナを探して8度目の夏になる。
物心ついた頃から魚が好きで、採集や飼育を一通り楽しんできたにもかかわらず、釣りにだけはなかなかハマれなかった私が、初めてのめり込んだのがイワナ釣りだ。

イワナは多様でおもしろい。
土地には土地のイワナがいる。

おそらくはるか昔、長い旅路の末にその土地にたどり着き、隔離され、環境の移り変わりとともに独自の進化を遂げながら今日まで命をつないできた魚たちなのだろう。それらはしばしば、図鑑で見る「一般的な」イワナの姿とは違った色合いや模様をしており、独特の雰囲気を放っている。

イワナの多様性は、私の好奇心を大いに刺激した。
あそこの川に棲むイワナはどんな姿をしているだろう。隣の川のイワナとどんな違い、もしくはどんな共通点があるだろうか。なんでそんな模様に進化したんだろうか。

今ほどSNS上に情報が溢れていなかった頃で、好奇心を満たそうと書籍を頼ったが、私が気になっている東海、中部地方の在来イワナについての記載は決して十分とは言えなかった。図鑑や釣り雑誌はさることながら、知る人ぞ知る名著『イワナの顔(白石勝彦)』『瀬戸際の渓魚たち(佐藤成史)』の二冊でさえ、その内容は他地域のイワナに重心が置かれており、同地域のトピックは比較的少なかった。

情報が無いなら自分の足で見に行かなければ、と思った。
始まりはそんな感じだ。

まだ知らないイワナの姿を知りたくてやっているので、「イワナ釣り」というより「イワナ探し」と呼ぶ方がふさわしいのかもしれない。

「イワナ探し」は3つの要素に分解できる。
アプローチして、釣って、記録する——この3つが揃ってイワナ探しだ。

苔むした岩の上に置かれた観察ケースの中を泳ぐイワナ
ランディングネットの上で撮影したイワナの頭部と目のクローズアップ

イワナ探し —アプローチする—

金曜日はなるべく在宅勤務ができるよう調整しておく。18時にきっぱり退勤し、スカイツリーを右手に望みながら首都高速を西へと向かう。目的地は日本アルプスやその周辺であることが多い。

特定の川に通い詰めることはなく、毎週違う場所を訪れる。なるべくいろんなイワナに会うためだ。事前に決めておいた目的地に夜のうちにたどり着き、車内でシュラフに潜り込む。

フィールドは、山を登り尾根を越えてたどり着く谷底であったり、長い林道をマウンテンバイクで走った先であったり、裏山をチョロチョロ流れる一見見過ごされがちな地味な小川だったりする。いずれにしても、元来その地域に住んでいたイワナに会うため、人間がおいそれと養殖魚を放流しなさそうな場所を探す。車が通れる林道から離れていたり、堰堤よりも上流であることが好ましい。

加えて、この場所はかつて海でイワナが行き来していたかもしれないとか、火山の噴火によって川の形が変わったのかもしれないとか、林業が盛んだった頃には奥地まで人の営みがあり、イワナが持ち上げ放流されたかもしれないとか、そんなことをあれこれ想像しながら訪れると楽しみが増す。

深夜の首都高速道路や東京スカイツリー、山道や渓流など、イワナを探しに向かうフィールドの風景

イワナ探し —釣る—

ルアーも、フライも、テンカラも、なんでもする。めったに経験はないが、餌釣りをしたこともある。季節、フィールド、同行者、その日の気分によって、手に取るタックルを分けている。

イワナはしばしばその獰猛性が文学的に語られるが、同時に素朴というか無邪気な側面もあり、釣りにおいて必ずしも繊細なテクニックは必要ないと思っている。もちろん上手に越したことはないが、技術的に多少至らない点があったとしても「ものすごく釣れる」が「それなりに釣れる」へ落ちる程度である。それなりに釣れれば十分楽しいし、もしかすると、ものすごく釣れた時の釣行より満足感があるんじゃないかとさえ思う。

他方で配慮すべき点もある。

満足のいく写真を撮るためには、イワナの体表を傷付けない方がいい。フックやランディングネットの取り扱いを工夫し、なるべくキレイに釣ることを心がける。これは慈愛の精神から来ているというより、むしろ我儘なコレクション欲を満たすためのものだ。

観察ケースの中のイワナと、その下に置かれたミノールアー

イワナ探し —記録する—

だんだんと竿を振っている時間が少なくなり、代わりに魚を撮る時間が増えた。ランディングネットを用いた撮影と、アクリル製の観察ケースを用いた撮影を併用している。その際、一匹一匹のイワナを格好よく撮ることと同じぐらい、外見の情報量を多く記録することを重視する。

観察ケースにイワナを入れ、いろんな角度から覗くと多くの発見がある。
左右のパーマークは対称ではなく、見る向きによりその表情を変えること。
オレンジ色の斑点がひとつだけ濃かったり、背中側にほくろのように現れたりすること。
沢によって鰭が大きかったり、反対に小さかったりすること。

写真を撮っておくと、後で見返したり、比較したりできる。そうして数年後に得られる気づきがあったりする。他人と共有することだって容易だ。考えたくないことだが、もし将来的にその沢の状況に変化があった場合にも、いま、ここに、こんなイワナがいたことを証明できるだろう。

パーマークやオレンジ色の斑点など、イワナの体表の模様を捉えたクローズアップ

イワナに連れられて

元々、イワナの多様性への好奇心に突き動かされて始めたイワナ探しだが、シーズンを重ねるうちに、自分の中で別の意味を持つようになった。

これまでイワナのしっぽ、もとい尾鰭を追いかけてさまざまな地方を訪れた。夏の週末はどこかしらの川へ赴き、夕方に下山した後は、その麓の町で過ごすのがお決まりになった。そんな生活を続けるうちに、いつしか全国に大好きな場所が増えていった。釣りをしていなければ、訪れることのなかった場所も多いだろう。イワナが、都市にこもっていた自分を外の世界へ連れ出してくれたと言える。

イワナの進化の歴史に思いを巡らせると、在来イワナが現在の姿形に至ったのは、その土地の気候や地形、植生、餌や捕食者といった環境の影響を受けながら永い時間をかけて淘汰が積み重ねられてきた結果であることに気づく。麓の町の暮らしもまた、そうした自然環境とともに移り変わり、互いに影響を与え合いながら今日へと続いてきた。イワナと自然、そして人々の暮らしは古来から繋がっていて、どれか一つを知ろうとすることは、ほかの二つへの理解を深めることにもつながるのかもしれない。

自分にとってイワナ探しは、「書物や水族館で知った気になっていたイワナを、自らの手で再発見し、解像度を上げていく大人の自由研究」であり、同時に「地域ごとに分化したイワナたちというレンズを通して、その土地の自然環境や町並み、暮らしを知り、好きになろうとする営み」でもある。

気付けば、いつの間にか仲間も増えた。
初めて握ったトラウトロッドを作ったメーカーへ、文章を書く機会にも恵まれた。

イワナが私をここまで連れてきてくれたのだと思う。

苔むした倒木の上に置かれた観察ケースの中で、体をCの字に曲げるオレンジ色のイワナ
夕闇の渓流に空の青が映り込む、岩に囲まれた流れの風景

TACKLE & EQUIPMENT タックル&装備

使用タックル
ロッド:トラウトワンNS S48UL-G/4
リール:カーディフXR C2000SHG
ルアー:リフレイン 42S

※記事内で紹介されている製品は、旧モデルの可能性がございます。

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