8月下旬、未明。紫色の富山市街を抜け、谷の奥へ向けて林道を上ることしばし。車を停めて渓へ下りる頃には、山の稜線から差し込む晩夏の日差しに、額が汗ばむ時間になっていた。

新作の『渓流テンカラ34-38』を携え、越中富山の夏イワナと遊ぶ旅も最終日。前日は大長谷川に入り、中型までではあるが、イワナが活発に毛バリへアタックしてくれた。この日は水先案内人の大沢健治さんがかねてから目を付けていた、久婦須川(くぶすがわ)で竿を出す。
「昨日は数も出て、まずまず楽しむことができました。今日はぜひとも型を狙いたいですね。目標はズバリ、尺上のイワナです。頑張りますよ」

大沢さんがこんな頼もしい言葉を口にするのには、きちんとした伏線があった。大沢さんが今回の下見も兼ねて富山を訪れたのは、ちょうど10日ほど前のお盆のこと。周辺の川をいくつかチェックしたところ、尺上を含めてかなりの釣果を得られた。いくつか竿を出した河川の中でも、久婦須川は最も有力な候補のひとつとのこと。期待できそうだ。

釣行初日は中〜小型が主体ながらイワナが活発に毛バリにアタックしてくれた。2日目の目標はズバリ、尺上である。

釣行初日は中〜小型が主体ながらイワナが活発に毛バリにアタックしてくれた。2日目の目標はズバリ、尺上である。

エントリーしたのは久婦須川。久婦須川ダムの上流は大石が美しい渓となる。

エントリーしたのは久婦須川。久婦須川ダムの上流は大石が美しい渓となる。

釣り人は大沢健治さん。出来上がったばかりの『渓流テンカラ』を携え、越中富山のイワナ釣りを満喫した。

釣り人は大沢健治さん。出来上がったばかりの『渓流テンカラ』を携え、越中富山のイワナ釣りを満喫した。

久婦須川は富山と岐阜の県境にまたがる白木峰付近を源とする一級河川。富山市八尾町内で井田川と合流した後、神通川に注ぐ。久婦須ダムより上流は万波川と名が変わるようだが、釣り人の間では久婦須川で通っているようだ。

冬期は雪に閉ざされる1500m級の山から流れ下る川だけに、夏でも水はキリッと冷たい。下流部はヤマメが釣れるものの、ダムより上流で釣れるのは、ほぼイワナである。

入渓点は広めの河原が広がっていたが、少し上流に足を進めると両サイドの山が迫り、大きな石が折り重なるダイナミックな渓相となった。テンポよく釣り上がっていく大沢さんだが、竿出しからしばらくはアタリのない時間が続いた。
「ちょっと水が少ないかな。昨日の大長谷川も減水していたけど、久婦須川はさらに水が低いですね。イワナの活性も今ひとつで、岩陰であるとかエグレであるとか、イワナが着いている場所をタイトに攻める必要がありそうですね」
水が少ないと流れも弱いため、毛バリを流しにくい。また水面の波立ちがなくなるので、釣り人の姿が魚から丸見えになる。アプローチには細心の注意が必要だ。
木化け、石化けで気配を消し、遠くから静かに毛バリを打ち込む大沢さん。しばし釣り上がった所の流れ込みで、ようやくこの日初めてのアタリがきた。
ハンドランディングで取り込んだのは25smクラスのイワナ。魚体も丸々としており、コンディションはまずまずだ。
「とりあえず魚はいるようで安心しました(笑)。この先も楽には釣れてくれないと思いますが、頑張ってみましょう」

前日に竿を出した大長谷川に比べ、久婦須川の渓相は石が大きくダイナミックな印象を受ける。

前日に竿を出した大長谷川に比べ、久婦須川の渓相は石が大きくダイナミックな印象を受ける。

水位がかなり低く、イワナの活性も今ひとつ。大岩の陰や岩盤のエグレといったイワナが着きそうなポイントへ、丹念に毛バリを打ち込む。

水位がかなり低く、イワナの活性も今ひとつ。大岩の陰や岩盤のエグレといったイワナが着きそうなポイントへ、丹念に毛バリを打ち込む。

竿出しから30分、ようやく1尾目がヒット。グローブを湿らせ、ハンドランディングで優しく取り込む。

竿出しから30分、ようやく1尾目がヒット。グローブを湿らせ、ハンドランディングで優しく取り込む。

ファーストフィッシュは目測で25cm前後。まずまずの型である。

ファーストフィッシュは目測で25cm前後。まずまずの型である。

大長谷川と同様、黒味の強い魚体である。ヒレの縁が白いのは神通川水系の特徴だろうか。

大長谷川と同様、黒味の強い魚体である。ヒレの縁が白いのは神通川水系の特徴だろうか。

この日のタックルを紹介しよう。竿はリニューアルされた『渓流テンカラ34-38』。ラインはフロロカーボンのレベルライン3号を4.5m取り、その先にハリスとしてフロロカーボン0.8号を約1.2m結ぶ。前日の大長谷川と同じセッティングである。竿の長さは3.8mをメインに、木の枝が張り出しているなど、頭上のスペースが狭い場所では3.4mにズームを縮めて使う。
「評価の高かった前モデルの良さはそのままに、振り調子の軽さを磨いたのが新たな『渓流テンカラ』です。軽い力で振ることができれば、おのずとコントロール性が高まります。今日のように狭いポイントへ正確に毛バリを打っていくような釣りにおいて、この振り軽さは大きな武器になると思いますよ」
毛バリは大沢さんの手によるオリジナル毛バリ。前日に反応がよかった黒っぽい毛で巻いた花笠毛バリをパイロット的に使用し、水深のあるポイントではビーズヘッドを仕込んだ重めの毛バリで、ボトム付近を大胆に攻めることもある。
それにしても水が少ない。どうにか1尾目をキャッチしたものの、その後は沈黙が続いた。
水溜まり程度の小さなポイントで、ようやくこの日2回目のアタリがきた。しかしこれは、体長こそ先のイワナと同じくらいあるものの、痩せていて写真に収めるのにも躊躇するような個体。
「当たり前のポイントでは喰ってこない。明らかにイワナの活性が低いですね。ちょっと考えた釣りをしないと厳しいなぁ……」
大沢さんはさらに上流を目指した。

大沢さんが久婦須川に持ち込んだタックル一式。竿は自身が開発に携わった『渓流テンカラ34-38』。一般的な渓流域におけるメインロッドだ。

大沢さんが久婦須川に持ち込んだタックル一式。竿は自身が開発に携わった『渓流テンカラ34-38』。一般的な渓流域におけるメインロッドだ。

2つのケースに収納された大沢さんのオリジナル毛バリ。ベーシックな花笠毛バリや逆さ毛バリ、深ダナ狙いのビーズヘッド仕様、水面に浮くものなど様々なタイプを使い分ける。

2つのケースに収納された大沢さんのオリジナル毛バリ。ベーシックな花笠毛バリや逆さ毛バリ、深ダナ狙いのビーズヘッド仕様、水面に浮くものなど様々なタイプを使い分ける。

減水気味の久婦須川では苦戦を強いられた。平坦な流れでは釣り人の気配を悟られやすく、毛バリの見切りも早い。慎重なアプローチが要求される。

減水気味の久婦須川では苦戦を強いられた。平坦な流れでは釣り人の気配を悟られやすく、毛バリの見切りも早い。慎重なアプローチが要求される。

水たまりのような狭いポイントで2尾目をキャッチ。これはやや痩せていたためすぐにリリースした。

水たまりのような狭いポイントで2尾目をキャッチ。これはやや痩せていたためすぐにリリースした。

釣り上がっていくと、渓相はさらに険しさを増してきた。折り重なる岩は、家庭用の物置か軽トラックくらいの大きさがある。
やがて目前に現れたのは、いかにも大物が潜んでいそうなプール状の流れ込み。流れの開き、絞れた流れが当たる岩の陰、落ち込みの白泡、考え得るかぎりのポイントを丁寧に探るがアタリはない。

ここもダメか、と流れ込みのすぐ上にある畳半畳ほどのタナに毛バリを落とした直後であった。岩の下から現れた黒い影が、大口を開けて毛バリにアタックしてきたのである。

大物に備えて太めのハリスを結んではいるものの、掛けた場所が場所だけに無理はできない。大沢さんは軽いフットワークで大岩から駆け下り、ヒットポイントの直下まで足場を移して取り込みの体勢に入る。大沢さんが差し出した玉網の奥で水しぶきが弾けた。大きそうだ。
堂々の尺上イワナである。狙って大物を仕留める。釣り人にとって、これ以上の快感はないだろう。
「魚はエサを喰わなければ生きていけません。どんなに活性が低くても、どこかで食性のスイッチが入るタイミングがあるんですね。時間帯かもしれない、水温かもしれない。いずれにしても、ワンチャンスをモノにできてよかったです(笑)」

この後は集落近くまで下り、ひとときの延長戦を楽しんだ。若いヤマメに遊んでもらったところで納竿とした。

2日間にわたって楽しんだ越中富山の釣り。無数の流れが潤す豊かな土地と、美しい魚に癒やされた旅であった。

ちょっとした物置か軽トラックほどの大岩が折り重なるポイントに差し掛かった。釣りをしていなければ、まず見ることのない風景である。

ちょっとした物置か軽トラックほどの大岩が折り重なるポイントに差し掛かった。釣りをしていなければ、まず見ることのない風景である。

畳半畳ほどの小さなタナでイワナが喰ってきた。場所が場所だけに無理はできない。慎重にやり取りを繰り返す。

畳半畳ほどの小さなタナでイワナが喰ってきた。場所が場所だけに無理はできない。慎重にやり取りを繰り返す。

足場を移動して無事にランディング。玉網の奥で魚体が悶える。大きそうだ。

足場を移動して無事にランディング。玉網の奥で魚体が悶える。大きそうだ。

文句なしの尺上イワナ。これまでの苦労が報われた瞬間である。

文句なしの尺上イワナ。これまでの苦労が報われた瞬間である。

大物を仕留めた後は下流に大きく移動して延長戦を楽しむ。ここでは可愛いヤマメが遊んでくれた。

大物を仕留めた後は下流に大きく移動して延長戦を楽しむ。ここでは可愛いヤマメが遊んでくれた。