早朝。置賜の谷筋は白いモヤに包まれていた。小国町の市街から県道を北進すると、やがて車窓に水量豊かな川が見えてくる。これが大朝日岳に源を発し、新潟県村上市で日本海に注ぐ一級河川・荒川である。
「その名のとおり、かつては暴れ川として知られる河川でした。1967年8月の羽越水害を機に治水が進み、おだやかな川へと変わりましたが、それでも過日の豪雨では流域に大きな被害が出ましたね」
ハンドルを握る我妻徳雄さんが口にした“過日の豪雨”とは、2022年8月3日未明に新潟県北部から山形県を襲った集中豪雨のこと。3年の月日が経った現在、荒川流域にもかつての平穏が戻りつつあるが、途中から荒川と併走するJR米坂線は寸断されたまま復旧の目処が立っていないなど、豪雨の爪痕は各所に残っている。
「荒川もすっかり川相が変わってしまいましたが、ここにきてようやく魚が戻ってきた感じがしますね。上流部はイワナが大半になります。今回はやや下流でヤマメを狙ってみましょう」
目標は尺ヤマメ。朝日連峰の雪解け水が育んだ良型を求め、置賜の暴れ川に挑む。
前日は最上川水系の白川と広河原川でよい釣りができた。釣行2日目は大朝日岳に源を発する荒川で、良型ヤマメを狙う。
釣り人は本流から源流までこなすオールラウンダー・我妻徳雄さん。自宅からもほど近い荒川は、通い慣れたフィールドのひとつだ。
大石が転がる渓流相あり、岩盤エリアありと、変化に富んだ荒川の川相。上流域でもかなりの川幅があるが、今回はあえて6.1mの小継竿で遊んでみた。
まずエントリーしたのは、集落を抜けてすぐの開けたエリア。川幅は広く、8mクラスの本流竿を楽に振れるほどの規模はある。渓流というよりは、プチ本流といってもよいほどの川相である。
「僕にとって『翠弧』という竿はオールラウンダーという位置づけです。小継竿でありながら結構いろんなことができるので、荒川のように場所によってコロコロ川相が変わる川では、つい手が伸びてしまいますね」
我妻さんは長い一本瀬の前で竿を伸ばした。仕掛けは前日と同様、0.8号の移動式天上糸に、水中はフロロカーボン0.4号。ハリはヤマメバリの7号というヤマメ狙いとしてはしっかりしたもの。尺クラスを意識したセッティングだ。
少しずつ足場を変えながら長い筋に仕掛けを流すこと数回、早くもこの日最初のアタリが訪れた。難なく取り込んだのは17〜18cmクラスの可愛いヤマメだった。続けざまに同クラスがヒット。ヤマメの活性自体は悪くないようだ。
「小型ですが、とりあえずヤマメが釣れてくれて一安心ですね。頑張って大きいのを狙ってみます」
我妻さんは上流へと足を進めた。
まずは本流とも呼べる規模の開けたポイントから釣りをスタート。一本瀬を丹念に攻める。
竿出しから間もなく可愛いヤマメが喰ってきた。狙いとするサイズにはほど遠いが、滑り出しとしては順調だ。
続けざまに2尾目がヒット。ヤマメの活性は低くないようだ。期待が高まる。
朝日連峰の雪解け水が育んだ荒川のヤマメ。かつての豪雨災害にも負けず、たくましく生き抜いてくれた。
遡行していくにつれ、目まぐるしく川相が変化していった。総じて小継竿で攻めるには広めの川幅だが、大石が転がる渓流相あり、岩盤エリアあり、水量たっぷりの流れ込みありと、川相はすこぶる変化に富んでいる。
「川幅のある河川で、あえて小継竿を選ぶ理由がこれなんです。ポイントが変われば攻め方も変わります。特に『翠弧』はポイントへの対応力が高いので、必然的に出番が多くなるんです。また『翠弧』は竿全体が曲がって粘りを発揮するので、不意に喰ってくる大物にも余裕を持って対処できます。基本的に尺前後をターゲットとする竿ですが、40cmクラスが喰ってきても不安は感じませんね」
長い筋を流す点においては本流竿が有利だが、小さなポイントを手返しよく攻める場面では、取り回しのよい小継竿に軍配が上がる。川幅が広いからといって、必ずしもポイントが大きいわけではない。長い本流竿でないと成立しない釣りもあるが、無数に存在する小さなポイントをくまなく攻めたいと考えるならば、小継竿という選択も十分にアリだ。
岩盤エリアでは20cmクラスのヤマメがポツポツながら喰ってきた。ここでさらなる大物を求め、上流のポイントへ移動することにした。
竿は近場における我妻さんのメインロッドである『翠弧H61』。曲げ込むほどに粘る本調子は大型への対応力が高く、ちょっとした本流でも問題なく使えるとのこと。
エサはミミズとブドウムシを用意した。忙しい釣り人にとって川虫採りは面倒なもの。市販エサだけでも釣りになるのは実にありがたい。
竿全体が曲がって振り込みが楽に行えるのも、本調子のメリットだと我妻さんは言う。軽いオモリでも狙いの場所へ正確に打ち込むことができる。
喰わせてからの美しい曲がりは本調子の真骨頂。負荷に応じて胴へ曲がりが入り、豊かな粘りが引きをいなす。
20cmクラスまでのヤマメはポツポツ喰ってくる。できれば尺。願わくば40cm。釣れるほどに欲が出てくるのが釣り人というもの。
次にエントリーしたのは、人里からやや離れたエリア。目の前には小さな筋が複雑に絡み合った広い瀬が広がっていた。まさしく我妻さんが話してくれた、小継竿の細やかな釣りが威力を発揮するポイントである。
小さな流れが集まる場所、ちょっとした深みなどを手返しよく攻めていく。しかし雪代後の水温はまだ冷たいのか、瀬には魚が出てきていない様子である。
釣り上がっていくと、やがて大きな岩盤の凹みを流れが滑り落ちるポイントが現れた。深みへ流れ込む筋へ仕掛けを振り込むこと数度。ここでこの日のクライマックスが訪れた。
我妻さんが鋭くアワセを入れると、『翠弧H61』が豊かな曲線を描いた。竿を起こしながら顎に左手を当てるのは、やり取り時における我妻さんのクセである。その左手が玉網に伸びるまでの時間が長いほど、魚の型がよいということだ。
なかなか左手が顎から離れない。なかなかの良型のようだ。幾度も抵抗を繰り返し、ようやく玉網の中で身を横たえたのは、わずかながら尺には届かないものの丸々と太ったヤマメであった。
「取り込んだ瞬間は尺あるかなぁと思ったのですが、そう甘くはありませんでしたね。でもコンディションのよい綺麗なヤマメと出会えて満足です。今日はこのくらいで勘弁してください(笑)」
今回は小継竿1本で、雪国の短い夏を楽しんだ。置賜の清らかな水が育んだ魚と、豊かな自然に癒やされた2日間であった。
広い川の中には小さな筋がいくつも存在する。小さなポイントを丁寧に攻められる操作性は、小継竿の特権ともいえるものだ。
広い岩盤エリアの流れ込みでアタリ。これまでにない重々しい引き。大きそうだ。
取り込んだのは9寸ちょっと。いわゆる“泣き尺サイズ”だ。「いやぁ、パッと見では尺あるかなぁと思ったんですが……。今日はこのサイズで勘弁してください(笑)」
泣き尺とはいえ見事な貫禄である。丸々と太った魚体に、荒川の豊かさが垣間見えた。