山形県置賜(おきたま)エリア。東を奥羽山脈、北から西を朝日山地、南を飯豊山地と吾妻山地に囲まれたこの一帯は、実に自然豊かな地域である。
置賜地区は県内でも指折りの豪雪地帯として知られる所だ。
「今年は特に雪が多く、雪解けが遅かったんです。例年なら5月のウツキが咲く頃には渓流釣りが本格化するのですが、今年は連休が明けても釣りすら満足にできませんでした」
こう話すのは米沢市に居を構え、置賜地区の渓流に精通する我妻徳雄さん。春先から密に連絡を取り、ようやく氏の元を訪れたのは、6月も下旬に差し掛かろうという時期であった。
「雪代は収まったのですが、まだ少し水が高い状況です。仲間に聞くと魚は出ているようなので、私のホームリバーをいくつか回ってみましょう」
まず目星を付けたのは、飯豊山地を水源とする白川と、その支流である広河原川。今回は2日間の日程で、雪国の短い夏の釣りを満喫する予定である。

豪雪の影響で開幕が遅れた山形県置賜の渓流釣り。今回は雪国の清冽な流れが育んだヤマメとイワナを狙う。

今回竿を出したのは白川と広河原川。初夏でも山頂に残雪をたたえる飯豊山に源を発し、水は手が切れそうなほど冷たい。

案内人は米沢市在住の我妻徳雄さん。白川と広河原川は慣れ親しんだホームリバーである。
米沢市街から1時間ほど車を走らせ、まずエントリーしたのは白川。各地に存在する白川と区別するため、置賜白川と称することもある。
「雪代の時期なら下流のダムから差し上がった40cm級のイワナが釣れるのですが、ちょっと時期的に遅いかな。それでもイワナ、ヤマメともに、そこそこの型が釣れると思います。今回は居着きの尺ヤマメを目標に頑張ってみますね」
この日、我妻さんが手にした竿は『翠弧H61』。近場の渓流域における我妻さんのメインロッドである。穂先からは吹き流しスタイルの移動式天上糸0,8号を介し、フロロカーボン0.4号の水中糸を3.5mほど結ぶ。ハリはエサのミミズに合わせてヤマメバリの7号。不意に喰ってくる大物に備え、比較的太めのセッティングとした。オモリはB〜2Bを中心にローテーションする。
「白川は雪深い飯豊山地を源流としているので、水温が非常に低いんですよ。特に早朝は魚が瀬に出て活発にエサを追う感じでもなさそうなので、比較的流れの緩いポイントを重点的に狙います」
右岸側へ絞れた流れに仕掛けを打ち込むこと数度。さっそくこの日最初のアタリが訪れた。我妻さんが差し出す玉網に収まったのはヤマメ。控えめなサイズではあるものの、その日のファーストフィッシュは嬉しい。いくら魚影の濃い河川であっても、多くの釣り人に攻められた後では簡単には釣れてくれない。
その後は順調だった。まずは飯豊山の雪解け水が育んだ美しいイワナが歓迎してくれた。ひとしきりイワナと遊んだ後は待望のヤマメも喰ってきた。25cm前後と狙いの尺には及ばないものの、エサをたっぷりと喰った魚体は丸々と太っている。早朝の釣りは十分以上に楽しむことができた。

初日は白川から釣りをスタート。雪代が収まったばかりで水量もやや多かった。

竿出しから間もなく元気なヤマメがヒット。さほど大きくはないが、この日の釣りを占う最初の1尾は嬉しいもの。

エレガントな我妻さんの振り込み。軽く手首を返すとS字に舞った仕掛けがスルリと伸び、狙いの筋へと吸い込まれていく。

竿出しからしばらくはイワナがよく喰ってきた。飯豊山の雪解け水が磨いた魚体は実に美しい。

ひとしきりイワナと戯れた後、待望のヤマメが喰ってきた。白川はエサが豊富なのか丸々と太っていた。
気がつけば、初夏の陽光が渓全体に差し込む時間になっていた。ちょうど梅雨が明けるかどうかのタイミングだったが、この日は気温が30℃を軽く超える猛暑の予報である。
「水温の低い白川を選んだ理由がそこなんですよ。平地に近い川は昼近くになると水温が上がりすぎて、魚が上を意識するようになります。こうなるとエサ釣りではなかなか釣れない。フライやテンカラのほうが有利になりますね」
我妻さんは次々に仕掛けを打ち込んでいく。流れの内側、外側、そして弛み。流れが絞り込まれた箇所では線で仕掛けを流し、ちょっとした棚へはアンダースローでフワリとエサを落とす。木の枝が張り出した箇所ではサイドスローで枝の下に仕掛けを滑り込ませたり、その変幻自在の振り込みには、いつもながら溜息が漏れてしまう。
ここで『翠弧』を愛用する理由を聞いてみた。
「ひとつは本調子です。振り調子はシャンとしているのに、魚を掛けると負荷に応じてスムーズに曲がりが入り、竿全体で粘ってくれるんです。対象サイズは尺前後ですが、40cmクラスが喰ってきても不安はありませんね」
これ以外にも、振り込みやすさ、そして流しやすさも本調子のメリットだと我妻さんは言う。
「余計な張りが抑えられているので、どの角度から振ってもストレスなく仕掛けを振り込むことができます。流しやすさについては……、ちょっとやってみましょうか」
こう言って我妻さんが立ったのは、水深が膝下ほどの浅い瀬。
「盛期に入って活性が高まったヤマメは、浅い瀬に出てきて活発にエサを追います。このような場所ではテンカラのように表層にエサを流すと、結構ヤマメが喰ってくるんですよね。速い流れの中で止め気味に仕掛けを流すとき、張りが強い竿だとエサが跳ね上がってしまうのですが、翠弧や弧渓といった本調子の竿はエサを跳ね上がりを抑え、スムーズに水面直下を流すことができるんです。線を流してもよし、点を撃ってもよし。月並みな言葉で言うと対応幅が広いっていうのかな。源流域なら『源流峰』や『七渓峰』、落差のある上流域に行くと決めているなら先調子の『渓峰尖』を持参しますが、いろんな攻め方をしたいときは、つい翠弧に手が伸びてしまいますね(笑)」
時刻は午前9時過ぎ。涼しいうちにもう1箇所やりましょうとのことで、山をひとつ隔てた広河原川へ向かうことにした。

竿は『翠弧H61』。点を撃ってもよし、線を流してもよし。近場の渓流における我妻さんのメインロッドである。稼働率の高さは元竿に付いた傷が物語っている。

メインのエサは市販のミミズ。動きを損ねないよう、ハチマキ付近に浅くチョン掛けにする。

魚を掛けるとスムーズに曲がりが入り、竿全体で粘るのが本調子。尺クラスをメインとしながら、不意に喰ってきた大物にも余裕を持って対処できる。

振り調子は軽快そのもの。張り出した木の下へもサイドスローでコントロールよくエサを打ち込める。

浅い瀬でのテンカラ的なアプローチは我妻さんの得意技。速い流れの中で止め気味に仕掛けを流しても、本調子のしなやかな胴がエサの跳ね上がりを抑えてくれる。
広河原川も白川と同様に飯豊山地を源とする河川。水も手を数秒も漬けていられないほど冷たい。川相は変化に富んでいるものの高巻きするような険しい箇所はなく、比較的エントリーしやすい美渓である。
ここでもイワナの活性が高かった。ここぞというポイントでは目印が踊り、竿尻を握った手を返すと翠弧が美しい曲線を描く。20〜25cmが大半だったが、小継竿で楽しむにはちょうどよいサイズだ。
同クラスのヤマメも喰ってきた。狙いの尺超えにはお目にかかれなかったが、体高のある丸々と太った魚体は、目の保養には十分すぎるほどであった。
照りつける初夏の日差し。吹き下ろしの風が止まると、全身から汗が噴き出してくる。腰に差したペットボトルの水を飲み干したところで、この日は納竿とした。
「明日は水系を変えて、より大きなヤマメを狙いましょう」
翌日は朝日山地を水源とする荒川へ向かう予定である。
(次回へ続く)

第二部は白川の支流にあたる広河原川に入渓。さほど険しい箇所はなく、エントリーしやすい川相である。

ここでもイワナが元気だった。本調子の粘りで走りを止め、ゆっくりと玉網へと導く。

この日に釣れたイワナのアベレージサイズは20〜25cmといったところ。小継竿で最も楽しめるサイズが揃った。

ヤマメは7寸クラスまでながら、プロポーションのよい個体が目立った。翌日はさらなる大物を求めて荒川へと向かうことにした。