渓が長い眠りから目覚める春。桜の花が散って山が新緑に彩られる頃になると、いよいよ本流釣りシーズンの開幕である。
釣り人に本流の魅力を聞くと、多くの人が「大型が釣れるから」と口にする。ヤマメやアマゴなら尺クラスは普通、ときに40cm、50cmといったモンスターがガツンと喰ってくるのだからたまらない。
しかし、広大な本流域で一点のポイントを導き出すのは実に難しい。そもそも渓流域に比べて個体数が少ない本流域である。1日竿を出してアタリが一度や二度ということも少なくない。だからこそ知識と体力をフル動員して仕留めた1尾は、この上ない喜びを与えてくれるのである。
2024年4月下旬、静岡県の伊豆半島を南北に貫く狩野川に、源流から大本流まで釣りこなす渓流釣りのオールラウンダー・井上聡さんの姿があった。
「狩野川は20〜30代の頃に鮎釣りで通った思い出深いフィールドです。その頃から幅広のいいアマゴが釣れていたのですが、今年は特に好調だと釣友から連絡が入ったので久々に訪れてみました。今期、釣友は38cmまで釣っているので期待できそうですよ」
現在、放流によってヤマメとアマゴが混在する河川もあるようだが、本来この両者は生息域がハッキリと分かれている。狩野川は本州の太平洋岸におけるアマゴの分布域の東端とされており、県境を挟んだ神奈川県の早川、酒匂川あたりからはヤマメの生息域となる。いわば、今回の釣行は本州東端の本流アマゴを釣る旅だ。ポイントとタイミングによってはサツキマスが出る可能性もある。実に楽しみだ。
釣行初日、まず向かったのは下流域の神島橋。雑誌でもたびたび取り上げられているメジャーポイントだ。河岸沿いにある駐車スペースに車を止めた井上さんが、トランクからそそくさと取り出したのは折りたたみ自転車である。
「狩野川は車を置けるスペースが少ないんですよ。車は広い場所に止めて、自転車でポイントを回ろうと思っています。地元の方に迷惑を掛けないようにしないとね(笑)」
まずは神島橋下流の瀬尻にエントリー。ここでやや井上さんの表情が曇った。
「ちょっと濁りが強いなぁ。本流は少し濁っているくらいのほうが釣れることも多いのですが、ちょっとこれは濁りすぎですね」
確かに釣行の直前まで雨が降っていた。春とはいえ、標高1400mを超える天城山から流れ出す水は冷たい。この雨でさらに水温が下がっているように思われる。
予想どおりアタリは遠かった。ポイントの見本とも言えるような流れ込みを上から下まで探ってみたが目印はピクリとも動かなかった。魚がいれば何らかの反応はあるはず。気配がないのなら長居は無用である。このポイントはいったん見切り、上流の大仁橋へ移動することにした。
大仁は東海道の三島宿と下田を結ぶ下田街道の要衝として古くから栄えた街である。明治中期までは渡し船があったそうだが、現在は立派なトラス橋が架けられている。これが大仁橋だ。
橋直下の大淵への流れ込みで、再び井上さんは竿を伸ばした。筋の手前から攻め始め、流芯、筋の向こう側と丁寧に仕掛けを流す。しかしここもアマゴの気配が感じられない。
「アマゴの活性は低いですね。でもアマゴだって魚ですから、エサを喰わなきゃ生きていけない。ポイントをこまめに移動していけば、どこかに喰い気のある魚がいるはずです」
ここで井上さんが狩野川で使用したタックルを紹介しよう。
竿は2025年に追加発売となる『スーパーゲームベイシスMH80-85Z』。前年にデビューした『スーパーゲームベイシスMH70-75Z』は、どちらかといえば開けた渓流域でを中心にヤマメ・アマゴからニジマス、ブラウントラウト、ランドロックまで狙える竿であったのに対し、MH80-85Zは完全に本流域の尺上ヤマメ・アマゴにフォーカスした、ある意味本流竿の王道ともいえるアイテムだ。
スーパーゲームベイシスは全体的に1〜4番節に張りを持たせてシャープさを出しているが、MH80-85Zは用途がほぼヤマメとアマゴ狙いに絞られるため、あえてモデルチェンジ前の調子を踏襲した胴調子に仕上げている。
「とことん粘る胴調子という印象です。グッと曲げ込んだときの安定感、安心感は素晴らしいです。40cmクラスまでのヤマメ・アマゴならば余裕を持ってやり取りできるし、大型のニジマスが喰っても対応できるくらいのパワーがありますね」
仕掛けはフロロカーボン0.6号の通し。ビミニツイストでループを作り、これを穂先の非回転式「超感」トップに接続する。手尻は0〜30cmとやや短め。胴調子のスーパーゲームベイシスMH80-85Zは振り込み時の曲りが大きいので、このくらいが扱いやすいとのこと。
ハリはメインエサのクロカワムシに合わせてヤマメバリの9号を中心に使った。30〜40cmのアマゴを中心に、サツキマスやニジマスが喰っても対処できる道具立てだ。
釣り人の気持ちとタックルは万全。しかしこの日はアマゴの機嫌が悪すぎた。大仁橋の後は鮎釣りでも有名な狩野川大橋下流、レンゲの瀬、西平橋と転戦するもアマゴとの出会いは叶わず。修善寺橋上流では思い切って手尻を長く出し、水深のある淵への流れ込みをじっくりと攻めたがアマゴからの魚信はなかった。
「いくぶん濁りが取れてきて状況が好転するかと思ったのですが……。いやぁ厳しいですね(笑)」
ならば大きく場所を変えてみるかと支流の大見川の様子を見に行ったのだが、ここで井上さんの愛車がまさかのエンジントラブルに見舞われてしまった。万事休す、である。
神は克服できない試練は与えないというが、この日の神様はなかなか厳しい試練を与えてくださった。とはいえ、焦っても仕方がない。カメラマンの車に荷物を積み替え、この日の釣りを追えることとした。
西日に照らされた井上さんの横顔には悔しさが滲んでいる。しかし翌日、井上さんは神が課した過酷な試練を見事に乗り越えてしまうのである。
(次回へ続く)