渓流釣りは難しい。とりわけ都市部に住む人ほど、こう思い込んでいる人が多いと聞く。
山道を延々歩き、急峻な崖を下り、ときとして大淵を高巻いて上流を目指さないとイワナやヤマメに出逢えないのかというと、決してそうではない。人里近くの川、いわゆる里川でも美しい渓魚が釣れるのである。
前回は大沢健治さんの案内で、山形県置賜地区の山中へ分け入り、上流域のイワナを狙った。一夜明けた翌日は、集落にほど近い中流域でヤマメを狙うことにした。
目指したのは新潟県北部を流れる勝木(がつぎ)川。流程は20km程度と規模は大きくないが、ヤマメ、イワナの魚影は濃く、地元ではかなりの人気がある河川である。なにより、JR羽越本線・勝木駅より路線バスで楽にアクセスできるのが嬉しい。
「今回向かう北中地区は集落のすぐ下がヤマメポイントですからね。流れも穏やかで急な崖を降りる箇所もなく手軽にテンカラを楽しめる場所だと思います。集落からちょっと上流へ行けば周囲が緑に囲まれて、本格的な渓流釣りの雰囲気も味わえますよ」
初夏とはいえ肌寒い山里の早朝。キンと引き締まった空気の中、まずは集落から林道に入ってやや上流のポイントから釣りをスタートした。
林道脇のスペースに車を止めて入渓。大沢さんは手早くタックルをセットした。竿はお気に入りの『天平テンカラ』。3.3m、3.6mと用意した中から、この日は取り回しのよい3.3mを選択した。
「勝木川はそんなに川幅は広くないので、このくらいの長さが使いやすいかなと思います。さぁ、やってみましょうか」
とりあえず竿を伸ばしたその場所から、ちょっとした深みへ毛バリをキャスト。すると底まで丸見えのポイントで、いきなりヤマメが喰ってきた。
ハンドランディングで取り込んだのは20cmにも満たない可愛いサイズ。それでも体側のパーマークが美しい。イワナが精悍なら、ヤマメには可憐という言葉がぴったりである。
「小さいけれども毛バリに反応してくれたのは嬉しいですね」
中下流域はヤマメ、上流はヤマメとイワナの混生域になるという。魚の活性は悪くない。この先、どんな出逢いが待っているのか楽しみだ。
緑に囲まれた美渓を少しずつ釣り上がっていく。石が小さく、流れは緩やか。水深のある流れ込みも随所にあり、いかにもヤマメが潜んでいそうな川相だ。大岩が転がり、落差のある上流域はダイナミックな釣りを満喫できるが、中流域はどことなく優雅で、大いなる自然に抱かれた気分を味わえる。場所によって、また季節によって、様々な景色と釣趣を楽しめるのが渓流釣りの魅力のひとつだろう。
ヤマメは小型が主体ながら、飽きない程度に釣れてくれた。やがて平瀬の中の深みでイワナが喰ってきた。
「ぼちぼちイワナとの混生域に入ってきましたね。もう少し大きいヤマメを釣っておきたいなぁ」
そして間を置かずにヒットしたのが20cmオーバーのヤマメ。体高のある丸々とした魚体。納得の1尾である。
やがて2つの沢との合流点に差し掛かった。サイドハンドキャストで対岸から張り出した木の枝の下へ毛バリを流し込む。
水中でギラリと閃光が走った。『天平テンカラ』のしなやかな胴で引きをいなし、ハリスを手に取って魚を玉網へ滑り込ませる。これが25cmクラスのイワナ。ヤマメ狙いであっても口元が緩んでしまう良型であった。
賑やかな釣果に満足したところで下流へ移動し、北中集落付近を攻めてみることにした。里川独特のオープンなポイントを攻めてみたが、ここでの釣果は小型のみ。昼近くになり、アタリが遠のいたところで納竿とした。
ここで、エサ釣りとテンカラの双方を楽しむ大沢さんに、それぞれの魅力を聞いてみた。
「僕の場合、エサ釣りもテンカラも楽しみ方は同じなんです。どこに仕掛けを振り込み、どのコースを流して、どこで喰わせるか。自分の思い描いたシナリオどおりに喰わせるのが楽しいんです。ただ、それぞれに得手と不得手があります。テンカラは平瀬などの浅いポイントが得意な一方で、水深のある場所は攻めにくい。エサ釣りはその逆です。その日の水況や川相によって、どっちの釣りで遊ばせてもらおうかな、といった感じで2つの釣りを楽しんでいますね」
今回は2日間にわたり、テンカラで初夏の渓流を満喫した。近年では管理釣り場など、周年テンカラを楽しめる環境が整いつつある。またタックルの進歩によって、大型のニジマスなどかつてテンカラのターゲットとはされなかった魚種まで狙えるようになった。
テンカラ釣り。日本古来の伝統釣法は、いまだ発展途上なのである。