普段なら深緑の神々しい流れは、カフェオレ色の濁流となって谷底で渦巻いていた。
「ちょっとこれでは竿を出せませんね。今日のところは犀川を諦めて、上流の良井川か梓川へ逃げましょう」
井上聡さんは川を一瞥するなり車に乗り込み、松本方面へハンドルを切った。
前回は2023年の新製品である『スーパーゲームベイシス』のH85-90Zを携えて山梨県・釜無川を攻め、2日連続で見事な尺上アマゴを仕留めることができた。そんな幸運から2カ月経った7月下旬、今回は大型のニジマスを求めて長野県・犀川に意気揚々と乗り込んだのである。そこで待ち受けていたのが、我々を拒絶するかのような増水と濁りであった。
釣りは大自然の中で楽しむ遊び。無理をすれば命に関わる事態に見舞われる可能性もある。危機を回避する冷静な判断力も立派な釣りのスキルといえる。ここは井上さんの判断で勇気ある撤退としたわけだが、勝算がまったくないわけではなかった。
「山間部を流れる犀川本流に比べると直線的な流れが多くなりますが、奈良井川も梓川も大型のニジマスやブラウントラウトが狙えますからね。僕も過去に奈良井川で70cmオーバーのブラウンを釣っています」
今回持参した竿は『スーパーゲームベイシスHH80-85Z』。狙いは50cmオーバーの巨鱒である。
まず入ったのは奈良井川と支流の田川との出合い付近。奈良井川は中央アルプスに源を発し、梓川と合流したのちに犀川と名を変え、長野市内で千曲川に注ぐ一級河川である。通年水温が低いため、夏場でもニジマスやブラウントラウトが狙える。
めぼしいポイントへ仕掛けを投じながら少しずつ釣り下っていくがアタリはない。グッと絞られた流れが開くあたりまで探ったところで井上さんが竿を仕舞った。
「反応がないですね。移動しましょう」
釣果が歩いた距離に比例するのは本流の釣りであっても変わらない。魚の着き場を探り当てるには、とにかく動くことなのである。
奈良井川までくると濁りは気になるほどではないが、それでも連日降り続いた雨で水は高めだ。流れの押しが強いポイントでは、4B〜5Bクラスのガン玉を数珠状に打ってエサを底波になじませる。
仕掛けは大型に備えてフロロカーボン2号の通し。70cmクラスの実績がある奈良井川である。2号ラインでも決して細くはない。
梓川との合流付近まで下ってくると水量も増え、いかにも本流らしい川相になった。
「ここまでいくつかポイントを攻めましたが、当たり前の場所でアタリがないんですね。この増水で魚が動いて、まだ避難している場所から出てきていないんじゃないかなと思います」
こんなときに狙い目となるのが、流芯の脇や瀬の開き付近にできる緩流帯。このような場所が魚にとって増水時の逃げ場所となっているのだとか。
であるならば無理して強い流れに立ち込む必要はないし、流芯脇のたるみなら8mクラスの竿でも十分に届く。むしろ短い竿のほうが細かい操作が可能なうえ、体力的な負担も小さい。スーパーゲームベイシスHH80-85Zのレングスがピタリとハマるシチュエーションといえるだろう。
とはいえ、この日の魚はなかなか手強いようだ。アタリらしいアタリはない。昼食を取った後は梓川へ移動することにした。
北アルプスの槍ヶ岳付近を水源とする梓川も、夏場に釣果を望める冷水系の河川である。ブラウントラウトの魚影は奈良井川や犀川より濃く、良型のヤマメも喰ってくる。
井上さんにとって、梓川はこれまでに何度も訪れた勝手知ったる河川。ここがダメなら次はあそこ、といった具合にテンポよく移動を繰り返す。波田漁協管区まで足を伸ばしたもののアタリすらなく、再度奈良井川をチェックしたのち再び梓川へ戻ってきた頃には夕刻が迫っていた。ここでやっとこの日初めてのアタリが訪れたのである。
流れ込み脇の反転流に仕掛けを乗せていると、思い出したかのようにトンと目印が沈んだ。
鋭くアワセを入れてやり取りに移る。スピード感のある走りはニジマスのようだが、狙っているサイズにはほど遠い。ゆったりと引きを楽しんで玉網に収めたのは、30cmあるかないかの元気印だった。
とはいえ、本命が釣れたことは素直にうれしい。続けざまに同サイズがヒットし、翌日への希望をつなげた時点で初日の釣りを終えることにした。
「前回の本流アマゴ狙いでも感じたことですが、今度のスーパーゲームベイシスは非回転式「超感」トップが採用されているので、感度が非常にいいですね。魚がエサに触った様子とか、オモリがコツンと底石に当たった感触がよくわかります。また、2〜4番節の張りを上げているためフッキングレスポンスが飛躍的に高まっています。今日はたった2回しかアタリがありませんでしたが、2回ともしっかりハリを掛けることができましたからね」
翌日は犀川の本流を攻める予定である。水量が落ち着いてくれることを願うばかりだ。
(次回へ続く)