和歌山と奈良に跨る護摩壇山に源を発し、大小の支流から水を集めて太平洋に注ぐ日高川。紀伊山地の岩に磨かれた流れは清冽。アユ釣りでは全国で最も早く解禁を迎える河川として知られているが、アマゴ釣り場としても人気がある。京阪神から近いこともあり、シーズン中にどれだけの釣り人が訪れるかは想像に難くない。
名川は名人を育てる。今回釣行をともにする松本一平さんは、日高川でも特に多くの名手を輩出してきた龍神地区で腕を磨いた名手のひとり。アユの友釣りでは名の通った人だが、アユの解禁前はアマゴを狙って川に入る。
「子供の頃から遊びでアマゴを釣ったりしていましたが、本格的に取り組むようになったのはここ10年くらいですかね。ただ、本気でやってみると日高川のアマゴ釣りは難しい。やはりお客さん(釣り人)が多いでしょ。当たり前の場所を当たり前に狙っても釣れんのですわ。連日攻められてナーバスになったアマゴをいかにして喰わせるか。こんなことを日々考えていましたね」
そんな松本さんが導き出した答えが“軟竿による釣り”。今回の釣行では、その凄まじいまでの威力を目の当たりにすることになったのである。
朝一番、まずは龍神温泉街に架かる温泉橋の下流で竿を伸ばした。日高川では上流部にあたる場所だが、かなり開けた渓相である。
松本さんが手にしているのは、自身が監修した『テクニカルゲーム ストリームダンサー53』の最終プロトモデル。それこそハエ竿かと見紛うばかりの極軟調ロッドである。松本さんはこの竿に何を求めたのか。そしてこの竿でどのような釣りをしたかったのだろうか。
「まずは軟調子の特権ともいえる喰い込み性能ですよね。何よりも激戦区の学習を積んだ魚が相手なので、違和感なく喰わせることが第一です。そんな意味で、はじめはハエ竿を使ってみたんですよ。でもただ軟らかいだけでは僕が思い描いた釣りは実現しませんでした」
ハエ竿の軟らかい穂先では振動が吸収されてしまい、アタリが不鮮明になる。またアワセも利きにくく、しっかりとフッキングしない。なによりも軟調子ゆえに胴ブレが大きく、正確に仕掛けを投入できなかった。
「スムーズに喰い込ませることができたうえで、正確に仕掛けを振り込むことができ、かつフッキングレスポンスのよい竿が理想でした。そこで2〜4番節にやや張りを持たせ、柔軟な中に1本の芯を与えた。これがテクニカルゲーム ストリームダンサーなんですよ」
仕掛けをセットし終えると、ヒラタをハリに付けていよいよ実釣開始。対岸側には水深のある流れ込みが見えるが、まずは手前の岩の脇にできた緩流帯にエサを落とした。
すかさずヒット。正直、まったく見栄えしないポイントである。この時点では「こんな所にもいるんだな」くらいにしか思わなかった。しかしこの後、既存のセオリーに染まり切った頭では理解できない場面が、怒濤のように押し寄せるのである。
立ち位置をこまめに変えながらテンポよく仕掛けを打ち返していく。ここで松本さんの釣りが、一般的な渓流のアマゴ釣りとは攻め方が大きく異なることに気づく。
ここは開けた渓流域で、線で仕掛けを流せるポイントもそこそこある。一般的なアマゴ釣りであるならば、おそらく見立てたポイントの横に立ち、立ち位置のやや上流に仕掛けを振り込み、自分の正面あたりでなじませて下流に向けて仕掛けを流すのが普通だろう。
しかし松本さんは違う。立ち位置を決めたら上流側へ仕掛けを振り込み、立ち位置まで流したところで上げてしまう。そしてその立ち位置のまま、上流側180度の範囲で魚がいそうな場所にはすべて仕掛けを打ち込んでいく。ポイントを欲張らないのでひと流しのスパンは短い。あたかもテンカラのようなハイテンポの釣りを展開するのである。
「魚は上流を向いて泳いでいるので、自分よりカミの魚は警戒心が薄いはずなんです。上流に振り込んだ仕掛けは手前にもたれてくるのでなじませやすいですしね」
また、自分よりカミで喰わせて下流へ走られる前に寄せるほうが主導権を握りやすいともいえる。実際、松本さんの取り込みは早い。良型になると下まで走られることもあるが、大概はアワセを入れて魚が上流にいるうちに抜いてしまう。
そしてもうひとつ、松本さんの釣りの特徴ともいえるのが、いわゆるB級、C級のポイントにも積極的に仕掛けを入れていく点だ。
「解禁当初の水温の低い時期は深みをメインに狙っていきますが、水温が上がってアマゴの活性が高まると、浅い瀬にも出てきます。石の裏や脇にヨレとか白泡があれば、喰ってくる可能性は十分にあります。一級ポイントといわれる水深がある流れ込みは皆さんが狙いますし、このような場所は盛期になると他魚が増えるので、かえって釣りにくいことがありますね」
温泉橋の上流まで釣り上がってきた。水深が膝下程度の浅場が続くエリアである。ポイントのカテゴリーとしてはチャラ瀬〜ザラ瀬といったところ。流れが緩んで川底が丸見えになった箇所もあり、おそらく釣り人の大半は素通りするであろう場所である。
しかし松本さんは攻めの手を緩めない。川下から静かにアプローチし、少しでも流れに変化のある場所には、相変わらずのハイテンポで仕掛けを打ち込んでいく。そして掛けていくのである。
やがて吊り橋上流の流れ込みまで釣り上がったところで、この日の釣りは終了とした。釣り上がった距離は300mあるかないか、約2時間半の釣りで30尾近くは釣ったであろうか。
多くの釣り人が見向きもしないポイントから次々にアマゴを引き出す。その光景はマジックでも見ているかのようだった。