釣行2日目はやや雲が多いながらも、まずまずの天気に恵まれた。まだ残暑が厳しい季節である。時々日差しが雲で遮られるくらいのほうが身体には優しい。
この日は初日よりも上流からエントリーし、C&R区間最上流部にあたる見通沢第一えん堤までを釣り上がることにした。2023年からはここより2㎞上流の大高橋までC&Rエリアが延長されている。
「ひと晩ポイントを休めたので、状況が好転しているといいですね。活性のスイッチが入ってくれれば確実に釣れると思います」
前日の釣りで多くの魚影を確認したからか、石垣さんの表情に焦りは感じられない。今日はどんな魚が遊んでくれるだろう。颯爽とした足取りは、期待に胸を膨らませる少年のようである。
テンカラの第一人者ではあるが、小難しい理屈はまず口にしない。釣れるのは魚の都合。釣れないのも魚の都合。自分の毛バリに反応してくれる魚と遊べたなら、それで十分楽しい。
川沿いの林道を歩き、車止めのやや先から川へ下りた。さぁ、大人の休日の始まりだ。
石垣さんが手にした竿は、前日と同様「天平テンカラ」3.6mである。手製の毛バリを結び、キャストを始めたのは午前8時を回っていた。林道に車が停まっていなかったので、先行者はいないようである。
釣り始めてからまもなく、小さな棚が連続するエリアに入った。浅く小さなポイントでは、ひとたび魚を警戒させるとまったく反応がなくなってしまう。石垣さんは気配を消し、下流から上流に向かってキャストする。
毛バリを流す時間は3秒ほど。アップストリームキャストで攻めているので、毛バリが立ち位置より上流にあるうちにピックアップし、次のキャストに入る。同じポイントで3投したら、次のポイントへ移る。石垣さんが提唱する「3秒×3投メソッド」だ。これで釣れなければそのポイントに魚がいないか、いても毛バリに反応しないと判断する。長居は無用なのである。
そうこうしているうちに、早くも天平テンカラが小気味よい引きをとらえた。長手尻仕掛けをたぐって玉網に収めたのは、控え目なサイズながら本命のイワナ。
「反応は悪くないみたいですよ。この先が楽しみですね」
ファーストフィッシュに手応えを感じたところでさらに釣り上がると、今度は開けたチャラ瀬に出た。水深は深い所でも膝下程度の浅場である。
エサ釣りのポイントとしては、まったく見栄えしない場所である。しかし、このようなエサ釣りの仕掛けを流しにくい浅場や流れの緩い場所であっても、テンカラなら問題なく攻めることができる。魚に毛バリを見せるという意味では、むしろ浅いほうが好都合である。
石垣さんが投じた毛バリが、石裏のヨレに差し掛かったところで水面が弾けた。ゆったりと引きを味わいながら取り込んだのは、20㎝を楽に超える綺麗なイワナだった。
サイズが上がってきた。脱渓点のえん堤までに、どれだけ数を伸ばせるだろうか。
その後もコンスタントにイワナが喰ってきた。石垣さんも完成間近の『天平テンカラ』の調子を確かめられたようだ。
「やや胴に入る調子はキャストのタイミングをつかみやすく、誰でも簡単にキャストの楽しさを体感できる竿になりましたね。講習会では生徒さんが持ち込んだ竿をたくさん見てきましたが、安価な海外製の竿の中には硬いうえに先調子で、『これで初心者がうまくキャストできるのだろうか』と感じるものがあるんですよ。初心者にとって第一の関門となるのがキャスティングです。少々乱暴な言い方ですが、毛バリなんてサイズさえ間違わなければ何でも釣れるんです(笑)。でも竿だけは、毛バリを狙った場所へキャストできるものでないと釣りが成立しませんからね」
最後のご馳走であるえん堤下では、イワナやヤマメが悠々と泳いでいる姿が見えた。しかしこれがスレていて、まったく毛バリに反応してくれなかった。このような大場所は誰もが攻めるポイント。何度も痛い目に遭った魚は学習を積んでいるのであろう。
「これも魚の都合です(笑)。今日は十分に遊ばせてもらいました。ここの魚は次回の楽しみに取っておきましょう」
2023年のシーズンもすでに始まっている。見通沢のテンカラ専用C&Rエリアも、多くの釣り人で賑わっていることだろう。