シンプルな装備で気軽に渓魚と遊べるテンカラ釣り。エサの採取や管理に気を遣う必要もなく、思い立ったとき、思い立った場所ですぐに釣りを始められることから、近年では若い人や女性のテンカラアングラーも増えつつあるようだ。

 しかしテンカラはあくまで毛バリという擬似餌を使う釣りであり、喰わせる確率でいえば、やはりエサ釣りに分がある点は否めない。いざ川に入ったとしても、エサ釣りの先行者がいると釣れる気がしないのは当然のこと。エサ釣り師の立場でも、自分がすでに攻めた場所にテンカラ師の姿が見えると、どことなく申し訳ない気持ちにもなったりする。

 もちろん、そこは自然と魚を愛する釣り人同士なので、声を掛け合うなどしてお互いが気持ちよく釣りを楽しめればよいのだが、テンカラアングラーであるなら、できればエサ釣りとはきっちり区分けされたエリアで、気兼ねなく自分の釣りを堪能したいと思うもの。

「テンカラといえども魚釣りですから、釣れたほうが楽しいのは当然ですよね。今回訪れたのは、栃木県のおじか・きぬ漁協管区の、日本で初となるテンカラ専用のキャッチ&リリース(以下C&R)区間です。川相はフラットで釣りやすく、頭上が開けている場所が多いので、手尻の長いテンカラ仕掛けも振りやすい。思う存分テンカラを楽しめるエリアです」

 こう話すのは、漁協と協力してテンカラ専用区の設立に尽力したひとりで、我が国におけるテンカラの第一人者である石垣尚男さんである。今回は石垣さんとともに、2日間の予定でテンカラC&R専用区間を釣り歩く予定である。

日本初のテンカラC&R専用エリアでは、積極的に成魚放流を行って常に魚影が濃く保たれている。エサ釣り師が入らないため、思う存分テンカラを楽しめる。

テンカラC&R専用区間はフラットな川相で非常に釣りやすい。川沿いに林道が通っており、入退渓が楽なのも魅力だ。

旅の案内人は、テンカラC&R専用区間設立の立役者でもある石垣尚男さん。近年はテンカラ普及のための講習会を開催したり、川作りにも精力的に取り組む人である。

 釣行日は2022年の8月中旬。ちょうどお盆が明けたタイミングであった。

「お盆の間は結構釣り人で賑わったとのことです。おじか・きぬ漁協さんは非常に熱心で、イベントも定期的に行っています。テンカラ専用区ができたのはちょうど2年前なのですが、年々釣り人が増えているようですね」

 組合長さんに挨拶した後、さっそく釣り場へ向かった。

 テンカラ専用区は男鹿川支流の入山沢へ流れ込む見通沢の一部。2022年までは入山沢の出合いから見通沢第一えん堤までの約2㎞がテンカラC&R区間だったが、2023年からはさらに2㎞上流の大高橋までエリアが延長された。テンカラファンにとっては実に嬉しいことである。テンカラC&R区間ではリールの使用は禁止。また、ハリはバーブレスのみ使用可、ビクやクーラーボックスの持ち込みが禁止されているのでご留意のほどを。

 まずはエリア中ほどのゲート付近から入渓。石垣さんが手にした竿は、2023年にリリースされる「天平テンカラ」3.6mのプロトモデルである。

「前モデルからの大きな変更点は調子ですね。前作はシャープな7:3調子でしたが、新しい天平テンカラはキャストのポイントをつかみやすいパラボリックな6:4調子を採用しています。天平テンカラはいわゆる中価格帯に位置する竿で、入門用としてはもちろん、上位機種との橋渡し的な役割も担うアイテムでもあります。なので、何よりも扱いやすさに重きを置いて調子をチェックしました」

 クセのない素直な曲がり。振り調子、掛け調子ともに、満足のいく出来に仕上がったと石垣さんは胸を叩いた。仕掛けは3.3mのストレートラインにマーカー兼ショックリーダーとして6本の縒り糸をつなぎ、その先にフロロカーボン0.8号のハリスを結ぶ。比較的オープンな場所が多く、なるべく遠くからアプローチしたいため、ハリスは1.5mとやや長めに取った。毛バリは石垣さんのトレードマークともいえる「バーコードステルス」である。

テンカラC&R区間には各所にこのような看板が立てられている。ルールを守って気持ちよく釣りを楽しみたいものだ。

オープンな場所では魚から釣り人の姿が見えやすい。なるべく遠くから、かつ静かにアプローチすることを心掛けたい。

竿は2023年の新製品「天平テンカラ」3.6mのプロトモデル。キャストのタイミングをつかみやすい6:4調子を採用している。

毛バリは石垣さんのトレードマークともいえる「バーコードステルス」のバーブレス仕様。「毛が少なめ」というのがその名の由来とか。

 所々にガケで川幅が狭まった箇所はあるが、石垣さんの言葉どおり、全般的に開けた川相である。流れも比較的平坦で、エサ釣りでは仕掛けを流しにくいで浅場も目立つ。まさにテンカラ釣りにピッタリな川だ。河原がある場所ではできるだけ下がって川に立ち込まずキャスト。アプローチは必ず川下から行う。魚に警戒されないことを第一に考えた、教科書どおりの釣りが続く。

 しばらく釣り上がったところで石垣さんが首を傾げた。

「ここぞというポイントでアタリが出ません。ちょっと魚がスレ気味ですね」

 ちょっとした深みではチラホラ魚影を確認できるが、毛バリに反応してくれない。ちょうどこの日はお盆が明けたばかりで、しかも月曜日である。おそらく前日も多くの釣り人が攻めただろう。

 最初のアタリが出たのは、チャラ瀬の中にあるちょっとした深みであった。遠くからフワリと落とした毛バリに出たのは20㎝ほどのイワナであった。やや痩せてはいるものの綺麗な魚体である。

全体的に平坦な流れながら、所々にガケで絞られた流れ込みがある。いかにも大物が潜んでいそうな雰囲気だったが、この日はアタリがなかった。

河原からそっと毛バリを振り込む。釣り人が多くプレッシャーの高い場所では魚を警戒させないことが大切。

チャラ瀬の狭い深みでイワナが喰ってきた。長手尻仕掛けをたぐり寄せて取り込む。

ファーストフィッシュは20㎝クラス。スリムながら白紋がクッキリ浮き出た美しい魚体だ。

 その後、しばらく釣り上がってみるもののアタリは遠い。いったん林道へ上がり、やや下流から再度アタックしたが状況は変わらず。先ほどと同サイズを2尾ほど追加したところで初日の釣りを終了とした。

「休み明けとあって、昨日までにだいぶん攻められているようですね。魚自体はいますが、活性はいまひとつでしたね」

 テンカラに限らず、見えるのに喰わないという状況はもどかしいものだ。

「釣れないときはどうしますか?とよく聞かれるのですが、喰わないときは何をやっても喰わないんですよ(笑)。特に毛バリを使うテンカラは、魚の活性が上がってくれないと厳しいものがあります。ただ、どんなに状況が悪い日でも、何かがキッカケとなって急に魚の活性が高まる時間帯があります。いわゆる“時合”というものですが、この魚の活性が上がった時間帯を見逃さないことですね」

 時合を見極める要素として、初心者でもわかりやすい現象が“ライズ”だと石垣さんは言う。魚が水面のエサを意識しているのは、かなり活性が上がっている証拠といえる。

「一晩時間を置けば川がリセットされるかもしれません。明日の釣りに期待しましょう」

※次回へ続く

休日明けとあって魚はかなりナーバスになっていた。テンカラにはやや不利な状況。岩の陰に身を隠して静かに攻める。

瀬に出てきている個体は比較的活性が高かった。水深は膝下からくるぶし程度。エサ釣りの仕掛けを流しにくい浅場も、テンカラならガンガン攻められる。

天平テンカラのしなやかな調子は魚を怒らせずに取り込むことができる。

平均して20㎝前後と大型は少ないものの、魚影そのものは非常に濃い。ひとたび活性が高まればよい釣りができるはず。翌日に期待である。