朝夕は肌寒いものの、山かげから朝陽が差し込むと額にじんわりと汗が滲んでくる。2022年6月中旬の山形県米沢市。県内でも指折りの豪雪地帯である山あいの里にも、夏の足音が聞こえてきた。
ときに源流を遡ってイワナを狙い、気が向けばちょっと車を走らせてサクラマスも狙う。その釣りを見た者は誰もが唸る名手でありながら、釣って傲らず、釣れずとも悪びれず。自然と人に対して常に謙虚。我妻徳雄さんは、そんな釣り人である。
今回は我妻さんのご自宅からほど近く、当コラムでも何度となく登場している鬼面川(おものがわ)でヤマメ釣りを楽しむ。我妻さんにとっては慣れ親しんだ川。いつもの時間に家を出て、いつもどおりの釣りをする。ただ、たったひとつだけいつもとは違うところがあった。
「2022年秋に発売になる『翠弧』の最終プロトを使ってみようと思います。魚を掛けるとグッと胴まで曲がる本調子は大好きで、地元の川で最もよく手にするのが翠弧なんですよ。今回のモデルチェンジでどのように進化しているのか楽しみですね」
鬼面川は米沢市街から近いこともあり、平日でも釣り人が多い河川である。前日に様子を見たところ上流域はすでに釣り人が入った形跡があったとのことで、この日は比較的市街に近い下流からエントリーすることにした。
入渓点こそ開けてはいるものの、少し上流へ遡るとガケがそそり立つ深い谷筋に入った。川に沿うように国道が通っているにもかかわらず、人工物はほとんど視界に入ってこない。見渡す限りが人の手が入っていない自然である。
我妻さんが手にした竿は『翠弧H61』。ラインはフロロカーボン0.3号、ハリは渓流バリ7号と、完全にヤマメを意識した道具立てである。2代目となる翠弧には、標準とパワー、2種類の穂先が標準で付属するパワーセレクトシステムが採用されている。この日はしなやかな標準穂先をセレクトした。
竿出しから間もなく、この日最初のアタリがきた。難なく寄せて取り込んだのは、目測で22〜23㎝のヤマメ。パーマークが鮮やかで、鱗も剥げていない。アタリの出方もよく、警戒している様子はないようだった。
「ここは攻められていないようですね。このまま順調に数が伸びるといいなぁ(笑)」
どこで喰ったのか、どのように喰ったのか。川とヤマメのコンディションを知るうえで、1尾目の釣果は非常に重要である。我妻さんの表情を見るかぎり、この日の状況は悪くないようだ。釣り上げたヤマメをそっと流れに戻し、さらに上流を目指す。
1尾釣って気が楽になったところで、我妻さんに新たな翠弧の使用感を聞いてみた。
「負荷が掛かると胴まで曲がり込み、竿全体で引きを吸収するという本調子のよさがきちんと継承されているうえで、掛けたときの体感的なパワーがアップしたように感じます。振り調子もシャープですね。本来、胴に入る調子の竿は振ったときに反発がもたつきやすく、ブレの収束も遅いのが普通なんです。翠弧は前作からこのあたりがしっかり抑えられているのですが、さらにシャープさが増した印象です。抜けがよいといいますか、コントロールよく仕掛けが飛んでくれます」
源流から本流までこなす我妻さんだが、普段の釣行はこの鬼面川のような渓流相の川がほとんどで、おのずと小継竿の出番が多くなる。一般的に点の釣りには先調子、線の釣りには胴調子の竿が向くとされてはいる。しかし実際フィールドに出てみると、大小のポイントが複雑に絡み合って川相を形成しているのが普通である。川幅が広くても小さなポイントを点で打つことはあるし、川の規模は小さくても線でポイントを流せる場所も多々あり、ここは点の川、あっちは線の川と、一概に切り分けられるものではない。
「だからこそ何でもできる竿が必要なんです。2本の穂先が付いている翠弧は、その日の攻め方に応じて調子とパワーを選択できるのが嬉しいですね」
その後もポツポツとアタリを拾う我妻さん。この日は瀬の調子がよいようだ。瀬の中の小さな深みに仕掛けを打ち込み、なじんだ瞬間に目印が弾ける。こんなシーンが幾度も見られた。
脱渓点が近づいてきた。朝の釣りもいよいよフィナーレである。目の前に、岩盤に当たった流れが絞り込まれた深みが現れた。教科書どおりのヤマメポイントである。
一発だった。
鋭敏な穂先がアタリをとらえるやいなや、ヤマメは一気に流れを駆け下る。しかしそこは翠弧の本調子。我妻さんがグッと竿を立てただけで、渾身の疾走は呆気なく止められてしまった。流れ込みが開くあたりでギラリと腹を返したヤマメは、観念の表情を浮かべて水面へ導かれた。
26〜27㎝くらいであろうか。飯豊山系の雪解け水に磨かれた魚体は実に美しい。
「綺麗な魚に遊んでもらって、今日も楽しい釣りができました」
みちのくの短い夏を堪能した一日であった。