“一里一尾”とは、井上聡さんがよく口にするヤマメ釣りの格言である。ヤマメとは、延々と渓を遡り、足でポイントを探り続けた末に出逢える魚。釣果は掻いた汗に比例する。ヤマメ釣りはまさに、渓の至宝を探す旅なのである。
しかしこれは、一般的な渓流釣りでの話。広大な本流域はポイントの規模も大きい。宝探しの移動距離もかなりのものになる。釣況がよければ大型ヤマメを容易く手にすることもあるだろう。しかし、ひとたび河川とヤマメのコンディションが悪化すれば、難易度は一気に高まる。限られたヤマメのポイントを探り当てることは、砂利の中から一粒の小豆を探し出す作業にも等しい。
利根川釣行の初日は、気まぐれな自然に翻弄された一日であった。大移動を繰り返し、井上さんが豊富な経験と知恵のすべてを出し切ってもヤマメの反応は薄かった。夕マヅメにどうにか泣き尺サイズを釣り上げたものの、井上さんの表情は今ひとつ冴えない。
「本流らしい大ヤマメを釣りたいからね」
とはいえ、ひとつだけ好材料はあった。朝は高かった水位が徐々に下がり、夕方には普通に釣りができる状態になっていたのである。濁りもかなり薄くなった。
「明日の朝イチは、もう一度本命ポイントを攻めてみましょう」
翌日未明、前日にも攻めた月夜野地区の大本命ポイントに入る。しかし、川を見るなり井上さんがガックリと肩を落とした。またもや増水である。
かつては暴れ川として知られた利根川。現在は奈良俣ダム、矢木沢ダムなど複数のダムによって治水され、流域に住む人々を洪水から守り、暮らしを支えている。しかしその一方、上流でまとまった雨が降ってダムへの流入量が増えると放水が始まり、下流では晴天であっても水位が上がることがある。
「増水すると思うように立ち込めないし、ポイントも絞りにくくなります。ちょっと厳しいですね……」
それでも竿を出さねば魚は釣れない。井上さんは困惑しながらもタックルの準備に取りかかった。
増水でポイントへ近づくことが困難なことを考慮して、竿は『スーパーゲーム ファインスペックMH95-100ZD』をセレクト。仕掛けはフロロカーボン0.8号の通しに軸太の本流専用バリ8号。少ないであろうチャンスを確実にモノにするため、頑丈なタックルとした。
釣りを始めてみるも、やはりアタリらしきものはない。濁りは前日以上に入っており、水温もおそらく下がっているだろう。期待の本命ポイントは早々に諦めることにした。
ここからは前日と同様に大移動の繰り返しとなった。利根川を知り尽くした井上さんである。ポイントの候補はいくらでもある。平水であれば「どこに魚がいるか」の一点を考えるだけでよい。しかし水位が高いこの日は「どこで釣りができるか」も同時に考えなければならない。水量の多い本流筋を外して分流を攻めてみても気配はない。
「困りましたね……」
万策尽きたか……。井上さんは、思わずへの字に口を曲げて腕を組んだ。
このままポイント移動を続けても釣れる確証はない。どこへ向かっても状況が好転しないことなどわかりきっていた。しかしこの後、劇的な大逆転が待ち受けていたのである。
やや上流の水深がある流れ込み。ここで竿を出すやいなや、これまでの鬱憤を晴らすかのように『スーパーゲーム ファインスペックMH95-100ZD』が弧を描いた。大物である。
水深があるだけに流れの押しも強い。足下から深いため移動するわけにもいかない。流れを一気に下られたら一巻の終わりである。
重々しい引きに井上さんのやり取りも慎重だ。しかし、グッと竿尻を押して竿を立て、魚の走りが止まってからは勝負が早かった。井上さんが差し出した玉網の中で大きな飛沫が弾けると同時に、歓喜の声が渓に響き渡った。
メジャーを当てると45㎝。堂々たる魚体である。これまでに50㎝クラスの大ヤマメを仕留めてきた井上さんが、これほどまでに喜ぶ理由は大きさだけではない。
「居着きのヤマメなんですよ。ここまで大きくなってもパーマークがハッキリ残っているのは居着きの証拠。戻りの大ヤマメやサクラマスなら過去に何尾か釣りましたが、居着きでこのサイズは初めてです。自己記録ですよ」
最後まで諦めずに攻め続けた井上さん、そして無理ができない体勢でも大ヤマメの疾走を止めた『スーパーゲーム ファインスペック』が掴み取った勲章である。