群馬と栃木の県境にあたる皇海山に源を発し、利根川に注ぐ渡良瀬川。107.6kmという流程は利根川水系でも3番目に長く、本流域では大ヤマメやサクラマス、ここへ流れ込む大小の支流には多くのヤマメやイワナが息づく。
群馬県高崎市に住む井上聡さんにとって、渡良瀬川は数あるホームグラウンドのひとつである。井上さんとここを訪れたのは2018年8月下旬。頬を撫でる風に、ほんのりと秋の気配を感じる頃だった。
「お盆を過ぎて渓流シーズンもいよいよ終盤ですが、水温が高いんですよ。ヤマメを狙うとなると本流域はちょっと厳しいので、この時期は水温がいくぶん低い支流に入るほうがいいと思います」
草木ダムより上流は2000m級の足尾山地にほど近い地区。支流の水は夏でも冷たく、ヤマメにとっては絶好の生息環境といえる。川幅も手頃で、まさに小継竿がピッタリのフィールドである。
この日に井上さんが用意したのは、完成して間もない『天平(てんぴょう)Z A 』。河川の規模に合わせて長さを設定することが可能な3Wayズーム(硬調71は2Wayズーム)を備えた小継竿のベーシックモデルだ。
「今日持ってきたのは硬調53。4.5m、4.9m、5.3mと3つの長さを使い分けられるので、渡良瀬川上流部の支流にピッタリだと思います。価格帯としてはビギナーが最初の1本として手にするクラスなのですが、これがなかなか具合がいいんですよ」
渡良瀬川本流沿いの国道122号線を北上し、群馬栃木県境の沢入トンネルを抜けた先で左に折れる。沢沿いの道を数分走ったところにある広場で井上さんは車を止めた。
手早く身支度を整えて渓へ下りた。川へ出るまで1分もかからない。
「ここは栃木県足尾漁協管区の餅ヶ瀬川です。群馬から栃木に入ってすぐの支流です。川沿いに林道が整備されていて入渓が楽なので、初心者にもおすすめしたい川ですね」
大岩がゴロゴロ入った川相は、いかにも渓流という雰囲気。なにより水が綺麗だ。上流部にはキャッチ&リリース区間が設けられていて自然繁殖の個体が多いことに加え、成魚放流もされているのでヤマメの魚影は非常に濃いとのこと。国道から少し入っただけの場所に、これだけの美しい流れがあることにまず感動した。
井上さんがセットした仕掛けは、ラインがフロロカーボン0.2号、ハリはヤマメバリ6号。井上さんが通常使っているものよりやや細めだ。
「お盆明けで数日前まで釣り人がたくさん入っていたということと、水の透明度が高いのでヤマメが警戒しているだろうと予想して、仕掛けは細めにしています。オモリもガン玉4号と軽めにして、ゴロゴロと流すというよりは、流れに乗せて自然に喰わせるというイメージです」
エサはミミズとブドウムシ。どちらも釣具店で普通に売られているものである。渡良瀬川でも上流の支流である餅ヶ瀬川には川虫が少ないので、もし必要ならば下流で調達するほうがよいとのことだ。
餅ヶ瀬川は、渓流としては平均的な規模ながらそこそこの水量がある。ちょっとした流れ込みも人の背丈ほどの水深があるし、淵とも呼べるレベルの大きなポイントもある。
小さなポイントではテンポよく、大場所ではしつこくエサを流してヤマメに見せる。脱渓点まで2時間ほどの釣りのなかで、20cm少々のヤマメを10尾ほど釣り上げた。どの個体も清冽な流れを映したかのように美しかった。
「もう少し大きいのを釣りたいですね。ちょっと下流まで歩きましょうか」
最初の入渓点よりやや下流の流れ込みで仕留めたのは、目測で26~27cmの見事なヤマメだった。
「渓流域でこのサイズが出れば納得です。これだけ水が澄んでいる川なので、アプローチは慎重に行いたいですね。渓流釣りの基本どおり、ポイントの下流から仕掛けを振り込むことです。ポイントの真横に立てば仕掛けを流しやすいのですが、これだとヤマメから見えますからね」
ちょうど雨が降り出したこともあり、釣行初日はここで竿を仕舞うことにした。
明けて翌日は、両毛漁協の鑑札を購入、小中川に入った。ここは餅ヶ瀬川とは打って変わり、両岸に岩が切り立ったダイナミックな渓相だ。
「谷が深くて日照時間が短いので、黒っぽくてヌメリが強いヤマメが多いです。ときとして尺を超えるような良型も釣れるし、ポイントによってはイワナも出ますよ。川としては5.3mの竿がちょうどよい規模です。所々に木の枝が覆い被さっているポイントもあるので、このような所では4.5mに縮めて使う感じです」
この日は減水気味とのことでさほど苦もなく遡行できたが、平水以上の水位だと高巻きしたり、岩壁をへつったりする箇所もあるという。このように機動力が求められるフィールドは、まさに小継竿の独壇場といえるだろう。
この日のファーストヒットは、背中が黒ずんだいかにも小中川らしいヤマメだった。その後は丁寧に釣り上がっていくもののヤマメの活性はいまひとつ。小さな点を撃ち、線を流すも本命らしきアタリはない。
やがて、対岸の岩壁に流れが当たって絞り込まれるポイントに差し掛かった。岩陰に身を潜め、遠くから打った仕掛けに鮮やかなアタリが出た。しばしのやり取りの後、玉網に収まったのは泣き尺サイズのヤマメだった。
「昨日よりも少しですがサイズアップしましたね。この型が出てくれれば上出来です」
ここでもポイントの下流からアプローチする基本どおりの攻めが功を奏したようだ。
釣りを終えたところで、井上さんに『天平ZA』の使用感を聞いてみた。
「今度の『天平』には、初めてスパイラルXを採用しています。このおかげか、振り込み時の横ブレが大幅に抑えられていますね。振った後の止まりも早いので、オーバースロー、サイドスロー、アンダースローとどんな投げ方でもコントロールよくエサを打てます。障害物が多い場所では竿を振った後に、仕掛けが飛ぶ軌道を修正したりするのですが、こんな細かい操作も容易に行えますね」
アワセ損ねやハリ外れによるバラシも、この日は皆無だった。
「基本的には先調子の竿で、振り調子はシャンとしているんです。3~4番節がしっかりしているので、アワセがしっかり利くんですよ。なのに喰わせた後はスムーズに胴まで入ってくる。僕の感覚では、この価格帯の竿ではありえないレベルの掛け調子です。しなやかさと頑丈さを併せ持つタフテックソリッド穂先は、餅ヶ瀬川や小中川のように樹木が生い茂っているような場所でも安心ですよ」
シャンとした『天平(てんぴょう)Z A 』の調子と操作性を生かすには、手尻をやや短めにするのがキモだと井上さんは言う。竿尻から30cmを目安として、長くても竿尻トントンくらいにとどめておくほうが扱いやすいとのことだ。