“為せば成る、為さねば成らぬ何事も。成らぬは人の為さぬなりけり”
何をもってして為すとするか、何をもってして成したとするかは人それぞれである。ここまでできればよしとする人もいれば、さらなる高みを目指す人もいる。
午前は大樽川へ入り、8寸前後までのヤマメを釣ることができた。春という時節を思えば、十分に成果と呼んでもよいサイズである。しかし我妻徳雄さんはこれでよしとしない。
「午後からは小樽川の様子を見てみましょう。大樽川で魚は出ましたけど、先入者がいたのか、ここぞというポイントで喰わなかったんです。小樽川はどうか試してみたいんですよ」
一定の釣果を得て成した後も、さらなる釣果を求めて為すのである。思い描いた攻めで喰わせたいのか、もっと大型を獲りたいのか、我妻さんの胸の内は定かでない。しかし我妻さんが先とはまた違った釣りを見せてくれるのなら、ぜひともお供したいというもの。期待に胸が膨らむ。
米沢市内、かつては伊達家の居城であったといわれる館山城趾付近で大樽川と合流する小樽川。地図上では鬼面川(おものがわ)と記されていることが多い。大樽川と小樽川は同一水系ではあるものの、大樽川は吾妻山系、小樽川は飯豊山系を水源としており、水質などにやや違いが見られる。小樽川との名が付いてはいるものの、大樽川より水量があるというのだからおもしろい。
まずは尺上がよく出るというテトラ堰堤の下に入った。竿は午前中と同じ『弧渓ZM 61H』。0.2〜0.4号の水中糸を中心に、大物が出るポイントでは0.6〜0.8号の太糸で力勝負もやる。我妻さんにとって頼もしい相棒である。軽量チューブラー穂先の「トップストップⅡ」は重めのオモリとの相性もよく、水量のある場所も楽に攻められる。
ギュッと絞られた流れが深みへ流れ込む教科書どおりのヤマメポイントであるが、なぜかアタリがない。我妻さんが首を傾げた。
「うーん、どうも魚の気配が感じられないです。水色がやや白っぽいので、まだ雪代が残っているのかもしれませんね」
こまめに動いてポイントを探るが、ヤマメの反応は皆無に近い。小樽川は全体的にヤマメの活性が低いようだ。
藪を掻き分けながら上流を目指す。小樽川は、米沢から会津方面へ続く国道121号線に沿って流れている。大樽川と同様に里川的な川相であるが、国道からやや離れると人工の音はほとんど聞こえなくなる。耳に入ってくるのは瀬音と風に揺れる木々の音、その合間を縫ってエゾハルゼミやカジカガエルの歌声も聞こえてくる。
「釣りですから魚が釣れたほうがいいんですけどね、僕はこんな自然とセットで渓流釣りを楽しんでる部分もあるんですよ。たまには女房を連れて山菜を採ったりしてね(笑)」
山の所々に天然の藤が咲いている。木々の緑に淡い紫が浮かぶ艶やかな風景は、これぞ山里といった風情である。この景色を見ているだけでも心が癒される。
この後、思い出したように喰ってきた20cmクラスのヤマメを玉網に収めたところで納竿とした。
翌朝は再び大樽川へ向かった。
「竿抜けを探して釣ることになりますが、小樽川よりはヤマメの活性が高いようです。昨日よりやや上流のポイントをやってみましょう」
この日、我妻さんが手にした竿は『渓峰尖ZW』。ショートソリッドにチューブラーを併せた「カミソリトップ」を配したモデルである。ソリッドのしなやかさとチューブラーのパンチ力の双方を備えており、短めの手尻でピンポイントをテンポよく撃っていく釣りにうってつけの1本だ。
やはりこの日もセオリーどおりには喰ってこなかったが、我妻さんのマジックキャストが冴え渡った。張り出した枝の下など仕掛けを入れにくいポイントを果敢に攻め、ポツポツながらヤマメを仕留めていく。以前クマに出会った場所ではドキドキしながら、渓を抜ける頃には2ケタほどは釣ったであろう。
最後に竿を出した“とっておきの大物ポイント”は不発だったものの、見応えのある釣りを楽しみ、グラマラスなヤマメで目の保養をさせていただいた。
「7月に入ると陸生昆虫が活発に動き出すので、ヤマメの型がよくなってきます。大きくても34〜35cmですが、ここの魚は幅広で引きが強いから楽しめますよ」
日程に余裕があれば、温泉とセットの釣行もよいものだ。