石は流れに削られ、流れは石に磨かれる。両白山地から水を集めた清冽な流れは、大小の岩の棚から滑り落ちていた。夏の木々を映す水面にフワリと毛バリが舞い落ちた瞬間、岩間から飛び出た黒い影が大きな波紋を広げた。ここは九頭竜川水系の石徹白川(いとしろがわ)。岐阜県にありながら日本海に注ぐ珍しい川である。

その一支流で出来上がったばかりの『PACK TENKARA(パックテンカラ)ZW』を振るのは、テンカラ釣りの第一人者である石垣尚男さんである。愛知工業大学で名誉教授を務めるかたわら、和式毛バリ釣法・テンカラ釣りの可能性を追求する。氏のことをよく知る人は、親しみを込めて「石垣先生」と呼ぶ。「石徹白川の本流にはアマゴもいますが、支流に入ってしまうとイワナだけになります。支流は大岩がゴロゴロしていて、日帰りで楽しめる沢でありながら源流の雰囲気を味わえるんですね。私がここへ通い始めた30年前は『石徹白イワナ』という固有種がいたのですが、今はすべてニッコウイワナ系の魚になってしまいました」

PACK TENKARA (パックテンカラ) ZW

石徹白川のイワナは、禁漁区やキャッチ&リリース区間を設けるなどして、ほぼ自然繁殖のみで現在の魚影を保っている。最もテンカラによい季節は、雪代が終わる5月半ばから6月いっぱいとのことで、釣行した8月はタイミングとしてやや遅い。直近の情報によると、イワナの数が少なくなり、釣れてくる魚の型も小さいうえにスレているとのこと。毛バリ釣りにとって、魚がスレているのはかなり不利な状況といえるだろう。「厳しい釣りになるでしょう。日中はイワナの活性が低いでしょうから、朝一番と夕方に集中して竿を出したほうがいいでしょうね」朝は堰堤と堰堤の間の区間をテンポよく狙う約3時間のプラン。夏の早い夜明けを待たずに宿を出て、石徹白名物であるトウモロコシの畑を車窓から眺めながら入渓点に向かった。

早朝だというのに、身支度する石垣さんの顔から汗が噴き出てくる。石垣さんは腰のボトルホルダーから抜いたスポーツドリンクをひとくち口に含むと、真新しい『パックテンカラ ZW』を手に颯爽と渓へ下りていった。「この『パックテンカラ ZW』は、 4.4mの『本流テンカラ NP』、 3.4-3.8mの『渓流テンカラ ZL』の流れを汲む3.1-3.4mのショートロッドです。この3本を私は「テンカラ3兄弟」と呼んでいますが、今年『パックテンカラ ZW』が加わったことで、広い本流域から頭上やバックのスペースが狭い源流域までカバーするロッドラインナップが結実しました」

釣行場所に石徹白川の支流を選んだのは、短尺の特性を確かめるために、源流相の川で竿を出したかったとのこと。『パックテンカラ ZW』の開発コンセプトは“いつでもテンカラ、どこでもテンカラ”。リュックにもすっぽり収まる41cmの仕舞寸法は携帯性に優れ、キャンプや山登りの最中などに、サッと取り出して気軽に毛バリ釣りを楽しめる。「使いどころを選ばない汎用性と機動性で、ユーザーさんには自由に使っていただきたいとのことからパックテンカラという名前になりましたが、私自身は源流域で使いたい竿なんです。バックスペースが限られ、頭上に木の枝が張り出している場所もある源流域では、3.1-3.4mの『パックテンカラ ZW』のキャラクターが活きますね」

ストレートラインは、3.4mに伸ばした竿丈とほぼ同じ長さ。その先にフロロカーボン0.8号のハリスを約1m結ぶ。渓流域や本流ではこれよりも仕掛けを長くとるが、障害物の多い源流域ではこのくらいの長さが扱いやすいとのことだ。大岩が転がるいかにも源流らしい川相。石垣さんが竿を振り上げると、ラインは天を舞う龍のごとく後方へ導かれる。そこから軽く竿を振り戻すと、S字になったラインがスルリと前方へ伸びていき、石に囲まれたタタミ一畳ほどのポイントに毛バリがフワリと落ちた。

頭上には木々の枝が覆い被さる。狙うポイントも狭い。通常のエサ釣りであれば、ポイントの大半がチョウチン釣りでないと攻められないだろう。しかし、石垣さんは竿を振るスペースが狭い場所では3.1m、少し開けた場所では3.4mと、2つの長さを使い分け、テンポよく釣り上がっていく。オーバーハングした枝の下といった難易度の高いポイントにも、迷いなく毛バリを撃ち込んでいくのである。頭上の枝に仕掛けを引っ掛けることもあったが、釣りのリズムが崩れるほどの数ではない。「3.4mは『渓流テンカラ ZL』とも被る長さで、一般的な渓流でも使いやすいのですが、源流規模の小さい沢では3.1mが威力を発揮しますね」

石垣さんの流麗な釣りは見応えがあるが、肝心のイワナの活性はいまひとつ。小さな棚の上で1尾、大岩の陰で1尾を拾ったところで、午前の釣りが終わってしまった。型は22〜23cmが最大。決して小さくはないが、もうひと声ほしいところではある。

いったん渓から上がり、昼食を取りながら石垣さんに『パックテンカラ ZW』の調子について聞いてみた。「ざっくり言うと7:3から6:4のやや胴に乗る調子です。対象サイズの違いからパワーに差は付けているものの、基本的に『本流テンカラ NP』『渓流テンカラ ZL』の調子を踏襲しています。あえて先調子を避けたのは、誰でも振りやすい竿を目指したからです。胴調子の緩やかなストロークが、長いラインを扱うミートポイントを広げてくれるんですよ」短尺であっても伝統的なテンカラ竿の調子にこだわった。張りを抑えた胴は、誰でも容易に軽い毛バリを飛ばせる。その扱いやすさは、午前の釣りを見ただけでも伺い知ることができた。

午後はさらに上流のポイントを目指した。「朝に釣り上がったポイントも午後になればリセットされますし、夕方になると魚の活性も上がるのですが、さっきのポイントはちょっと魚が薄いように思いますね」木に化け、石に化け、気配を消して丁寧に釣り上がっていくと、幸先良く23cmクラスが喰ってきた。ややあって大岩の後ろから姿勢を低くして振り込んだ毛バリに、先よりも大きな波紋が出た。

狭い深みを縦横無尽に走り回る。岩の下へ潜られないよう、石垣さんは慎重に引きをいなす。ラインをつかみ、玉網ですくい上げたのは目測で28cmのイワナ。尺にはわずかに届かなかったが、十分に達成感を与えてくれる1尾だ。「午後に入って多少活性が上がってきたようですね。次の堰堤までゆっくり釣り上がって2時間くらいでしょうか。頑張ってやってみましょう」

小さなポイントでは正確に“点”へ毛バリを打ち込み、広いポイントでは数多くの点に毛バリを落として“線”や“面”の攻めを展開する。その後も20cm少々のイワナがポツポツ釣れ、最後の堰堤下では25cmをキャッチ。今日の釣りを締めくくるにふさわしい良型である。

「スパイラルXの恩恵で、竿の軌道のブレが非常に小さいんです。振りやすく狙ったポイントへ正確にキャストできるので、緻密な攻めが可能になります。確かに気軽に使える竿ではあるのですが、純粋にテンカラ竿として優れている。これが『パックテンカラ ZW』という竿ですね」楽しい釣りであった。夕方の淡い陽光とヒグラシの声に見送られ、我々は石徹白川を後にした。