エメラルドグリーンの水面の上を滑っていた目印がフワリと舞った。静寂の中に糸鳴りが響き渡る。渾身の疾走を先進の先調子が受け止める、いなす、封じ込める……。淵の奥で光った巨体はやがて力尽き、釣り人の足下で観念の水飛沫を上げた。
ここは群馬県奥利根。新潟県境にほど近い、奈良沢という支流。今回は完成したばかりの『渓峰尖』の実力を確かめるための釣行である。「初めて奈良沢を訪れたのは20代前半の頃。友人にボートを持っているのがいて、彼に誘われたんですよ」
井上聡さんが“ボート”というのは、奈良沢は矢木沢ダムに堰き止められた奥利根湖に流れ込む支流で、周囲を急峻な山に囲まれているため徒歩では入渓できないからだ。我々は井上さんのマイボートで入渓点である奥利根湖のバックウォーターへ渡ったが、周辺にはレンタルボートやボート送迎サービスを行っている民宿などがあり、これを利用すれば、誰でも奈良沢をはじめとする奥利根湖界隈の支流へ入ることができる。
沢沿いに人家はない。泊まりによる釣行も禁止されているため、上流部はほぼ手付かずの自然が残されている。まさに秘境と呼ぶにふさわしい美渓である。「ダムから上がってすぐのエリアはヤマメとイワナが混生していますが、上流部はほぼイワナだけになります。今回は先調子の『渓峰尖』の撮影も兼ねた釣行なので、落差のある源流域で点を撃っていくような釣りをメインに楽しみたいですね。バックウォーターからすぐの場所にもいいポイントがあるのですが、ここで時間を使うと上流の1級ポイントに辿り着けません。勿体ないけれど、めぼしいポイント以外はスルーして上流まで行ってしまいましょう」
早朝、下流に設けられたゲートの開門を待って矢木沢ダムへ向かう。ダムには湖面への進入路が1箇所あり、ここでボートを下ろすとともに管理棟で入漁の申告を行う。2馬力の船外機でダム湖を走ること30分。奈良沢入口のバックウォーターに到着した。沢と呼ぶには開けた地形。立ち枯れた木々が風化したまま残る。人の手が入ることを拒み続けた自然の力強さに、思わず息を飲んだ。「よし、行きましょうか」井上さんが颯爽と歩き出す。我々が踏みしめる石の音とクマ避けの鈴の音以外に、人工的な音は何もない。見渡す限りが雄大な自然である。
歩き始めて20分ほど経ったところで井上さんが足を止め、ようやく『渓峰尖 硬調61』を伸ばした。目の前には落ち込みからまっすぐ伸びるスジ。典型的なヤマメポイントである。「ソリッド穂先で先調子の『渓峰尖』は、どちらかといえば落差のある場所で小さなポイントをテンポよく撃っていく釣りに向いているように思いますが、線の釣りと点の釣りの双方をこなすオールラウンダーなんですよ。竿全体を曲げて大物を獲るというよりも、20cm前後のヤマメやイワナを胴のパワーで抜いていく速攻の釣りにマッチします。チューブラー穂先の胴調子竿でスジを流すときは手尻を長く取りますが、『渓峰尖』は竿丈よりやや短くしたほうが仕掛けを打ち込みやすいです」
移動式の天上糸1号に水中糸はフロロカーボン0.6号。エサのミミズに合わせてハリは7.5号をセレクト。大型のイワナに備え、やや太めの仕掛けである。手尻は竿尻より約20cm短くした。井上さんはアンダースローで流芯と反転流との境目に仕掛けを投じる。その数投目、早くも目印が弾けた。
魚に走り回る間も与えずに引き抜いたのは20cm前後のヤマメ。可憐という言葉がピッタリの美しい魚体である。「カミソリTOPを採用した『渓峰尖』の調子をひと言でいうと、「キレ味鋭い先調子」になるでしょうか。カミソリTOPはソリッド部分が短いぶん体感的な軽さがアップしているとのことですが、僕はこの調子のほうが好印象です。手元から胴まではシャンと張っていて、1〜3番の先端部がスッと曲がる感じ。チューブラーの先にショートソリッドが付いているという感覚。不自然な曲がりがなく、調子のつながりが実にいいですね」
ソリッド穂先の武器は“しなやかさ”だ。魚に違和感を与えにくく、スレた魚に少しでも長くエサを咥えさせておけるのがメリットだが、無垢のカーボンであるため穂先が重くなり、持ち重りが生じやすい。また、しなやかさゆえに操作に対するレスポンスも優れているとはいえない。
チューブラー穂先は軽さに加えて適度な張りがあり、高感度なうえ合わせもクイックに行える。しかし、張りがあるぶん魚にエサを放されやすいという側面もある。ショートソリッドを採用して穂先部の節を短く設計したカミソリTOPは、ソリッドとチューブラー双方のよさを融合させたものといえるだろう。
ヤマメとしばし遊んだところで竿を仕舞い、さらに上流を目指す。歩みを進めるにつれて流れの落差が大きくなり、所々に岩盤が顔を見せ始めた。「岩盤混じりのしっかりした川相なので、僕が通い始めた30年前とほとんどポイントが変わらないんですよ。いつ来てもいつもの場所で魚が出てくれる。魚と自然を大切にしていれば、いつまでも我々を楽しませてくれるはずです。大岩を回り込み、流れが削った岩盤をよじ登る。入渓して1時間ほど歩いただろうか。三段ほどの滝が流れ落ちる淵が目の前に現れた。聞けば、井上さんが本命のポイントとして目指していたのがここであるとのことだ。井上さんは静かに『渓峰尖』の節を伸ばし、仕掛けをセットした。
魚を驚かせないよう、淵の手前からていねいに仕掛けを入れていく。水深はパッと見ただけでも人間の背丈以上はあるだろう。重めのオモリを穂先で吊るようにして、淵の中を回る流れに仕掛けを乗せる。ソリッド穂先の真価が最も発揮されるポイントである。滝の落ち込みから開いた流れが、右岸の岩壁に当たって回り始めたところで、スッと目印が沈み込んだ。滝の音を切り裂くように糸鳴りが響く。先調子ゆえに手元の節はさほど曲がっていないが、穂持ちからギュッと絞り込まれた曲がりは先のヤマメとは明らかに違う。口を真一文字に結んだ井上さんは、ときに肩を入れながら強引をかわす。糸の先で巨体が身を翻す。水面を恐れて淵の奥へ逃げ込もうとするが、『渓峰尖』の強靱な背筋にあえなく止められてしまう。
井上さんが差し出す玉網に大きな飛沫を上げて滑り込んだのはイワナ。それも40cmを軽く超す大型である。歓喜の声を上げた井上さんが大きく天を仰いだ。「これに会いたくて奈良沢へ来たんですよ。よく喰ってくれました」
大岩が転がる沢の上流で点を撃つ。ソリッドをソリッドらしく使えるポイントで、狙いどおりに大イワナを喰わせた。通常のソリッドよりもやや張りを持たせたハイレスポンスソリッドを採用し、穂先部の節を極めて短く設計した『カミソリTOP』の印象を、井上さんはこう語る。
「小さなアタリをしなやかに喰い込ませるあたりはまさにソリッドなのですが、その後すぐにチューブラーのパンチで合わせが利くので、ソリッドとチューブラーの長所を融合させたとも思える独特の味があります。胴が張っているためか、アタリも手元へ「コンッ」と伝わりますね。中型の渓魚を胴のパワーで抜いていく速攻の釣りに向くとはいいながら、このクラスのイワナを難なく取り込めますからね(笑)。アタリからのキレの良い合わせは特筆ものです」
入渓点へ戻る途中では、何となく仕掛けを入れた流れの落ち込みで尺上のヤマメもあっという間に取り込んでしまった。しなやかに喰い込ませて瞬時に合わせる。新感覚の先調子は、新たな楽しみを釣り人にもたらしてくれるはずである。