釣行2日目の朝を迎えた。民宿でゆっくり朝食を取り、女将さんの元気な声に見送られて車を出す。
集落の狭い道を抜けて出た先は国道19号。木曽川に沿って信濃国から美濃国に抜けるこの道は、江戸時代に整備された五街道のひとつ、中山道である。鉄道も自動車もない時代。人とモノと文化が、この道を行き交った。
古くからの幹線も今では広く拡幅され、大型トラックが行き交う道路となったが、新道であるバイパスから逸れ、旧街道に入って宿場町に差し掛かると、ほんのりと江戸時代の情緒が漂ってくる。
「昔ながらの風情がちゃんと残っているのが木曽路のよさですよね。純粋に旅行で訪れても楽しい所だと思います」
上機嫌でハンドルを握る井上聡さんは、さしずめ竿を携えた現代の旅人だろうか。2025年シーズンは大水に泣かされながらも木曽路を数回訪れ、尺上のアマゴを数尾も仕留めた。全国の河川で竿を出し、ときとには海外にも遠征する井上さんであるが、木曽の美しい景色と魚に、すっかり魅了されてしまったらしい。

木曽11宿のひとつ、野尻宿を抜けた先で国道を折れ、木曽川を渡ったところで合流してくる河川が、目指す阿寺川(あてらがわ)だ。季節は9 月下旬。あと1週間もすれば禁漁というタイミングである。
「昨日竿を出した小川のアマゴの大半は、サビ(婚姻色)が出て黒ずんだ個体が多かったのですが、阿寺川のアマゴはサビもなく綺麗な魚が多かった。この時期は産卵を控えた個体が上流の沢へ移動するので、エリアを絞りにくいんですよね。抱卵した魚は動きが悪く、ちょっと気難しいかもしれません。まぁ頑張ってみましょう」

いざ、出陣である。

釣行2日目は前日に好感触を得た阿寺川で竿を出す。「阿寺ブルー」と呼ばれる美しい流れが彩る渓谷には、釣り人のみならず多くの観光客が訪れる。

釣行2日目は前日に好感触を得た阿寺川で竿を出す。「阿寺ブルー」と呼ばれる美しい流れが彩る渓谷には、釣り人のみならず多くの観光客が訪れる。

釣り竿を携えた現代の旅人は井上聡さん。2025年シーズンで木曽路の渓流にすっかり魅了されてしまった。

釣り竿を携えた現代の旅人は井上聡さん。2025年シーズンで木曽路の渓流にすっかり魅了されてしまった。

狙いはシーズン終盤のアマゴ。産卵を控えてナーバスになった魚はなかなか手強い。

狙いはシーズン終盤のアマゴ。産卵を控えてナーバスになった魚はなかなか手強い。

阿寺川は観光地としても名高い川で、「阿寺ブルー」と称される美しい渓谷を散策する観光客が、多く訪れる場所である。渓谷沿いには道路が整備されており、基本的に関係車両以外は車の乗り入れが禁止されているが、釣りを目的とする場合は渓谷入口のゲートで係の方に入漁券を提示すれば車で入ることができる。

ただ、車は阿寺渓谷キャンプ場の手前に設けられた釣り人専用の駐車場(入口に看板あり)にしか置くことはできず、道路沿いには空きスペースがあったとしても駐車は厳禁。また、冬期(令和8年は1月5日〜4月12日)は渓谷内の道路自体が通行止めになるので注意したい。

渓谷入口のゲートから駐車場までは6km弱。この距離を徒歩で釣り歩くのは、よほどの健脚であってもしんどいというものだ。

ここでひとつ、よい提案を。渓谷内道路の開放期間中は、渓谷入口で電動アシスト自転車のレンタルが可能である。これを利用すれば、かなりの上流までくまなく攻めることができる。

この他にも細かい取り決めがあるが、これも阿寺川の美しい景観を保全するためのもの。詳しくはゲート入口の係の方に尋ねるとよいだろう。ここを管理しているのは大桑町から委託を受けた民間の業者さんだが、大変親切な方であった。行政としても、釣り人の誘致に意欲的であった。

さて、駐車場に車を止めた井上さんは、手早く身支度を整えて川へ向かった。この日は昼頃までの釣り。そんなに遠くまでは行けないとのことで、駐車場近辺のポイントを攻めることにした。

この日、井上さんが手にした竿は、出来上がったばかりの『弧渓H61』。
「季節柄、いつ、どこで大物が喰ってくるかわかりませんからね。ラインナップ中で最もパワフルなHクラスを選びました」

入渓点からしばらくは、6mの小継竿がぴったりの渓流相が続く。教科書どおりに流れ込みを攻めていると、この日初めてのアタリがきた。玉網に収めたのは20cm前後のアマゴ。
「サビもなく綺麗な個体です。まだ本川に魚が残っていてよかった(笑)」

続けざまにもう1尾。アマゴの活性はまずまずのようだ。

午前8時過ぎにのんびりと入渓。川に沿って道路が整備されているため、エントリーは比較的楽である。

午前8時過ぎにのんびりと入渓。川に沿って道路が整備されているため、エントリーは比較的楽である。

入渓点からしばらくは6mの小継竿がちょうどよい渓相。教科書どおりに流れが集まる場所を丁寧に攻めていく。

入渓点からしばらくは6mの小継竿がちょうどよい渓相。教科書どおりに流れが集まる場所を丁寧に攻めていく。

幸先よく1尾目が喰ってきた。産卵のため上流の沢へアマゴが移動する時期だが、まだ本川に残っている個体もいるようだ。

幸先よく1尾目が喰ってきた。産卵のため上流の沢へアマゴが移動する時期だが、まだ本川に残っている個体もいるようだ。

その後もポツポツながらアタリが続いた。出来上がったばかりの『弧渓』の調子を確かめつつ、アマゴの引きを楽しむ。

その後もポツポツながらアタリが続いた。出来上がったばかりの『弧渓』の調子を確かめつつ、アマゴの引きを楽しむ。

20cm前後の釣り頃サイズが多かったが、サビの入っていない綺麗なアマゴが大半だった。「盛期のような活性はないけれど、喰う筋を外さずに流せばきちんと喰ってきますね」

20cm前後の釣り頃サイズが多かったが、サビの入っていない綺麗なアマゴが大半だった。「盛期のような活性はないけれど、喰う筋を外さずに流せばきちんと喰ってきますね」

数尾のアマゴを釣り上げたところで、あらためて井上さんに弧渓の使用感について聞いてみた。
「抜けがよいといいますか、振り調子が非常にシャープになりましたね。あと、仕掛けの重みを乗せやすく、軽いオモリでも正確に振り込むことができます。産卵を控えた今の時期はアマゴの動きが鈍く、エサを喰うときにあまり動きたがらないんです。ちょっとでも流すコースがずれると、アタリがあってもハリに乗らないことがあります。こんなとき、コントロールよく仕掛けを振り込める操作性が活きてきますよね」
この日の仕掛けは前日と同様、天上糸はナイロン0.8号、ナイロン0.6号の水中糸の先に、ヤマメバリ8号を結んだ比較的太めのもの。それでもショートバイトを挟みながらも確実にアマゴを喰わせていくあたりは、正確に仕掛けを投入し、筋から外さず流すというミャク釣りの基本を、忠実に実践している表れといえるだろう。

阿寺川の渓相は変化に富んでいる。所々に大きな淵があり、大岩に遡行を阻まれる箇所もある。何度か崖上の道路まで出て高巻きし、さらに上流を目指す。

不意に喰ってくる大物に備え、竿はラインナップ中で最もパワーのある『弧渓H61』をセレクトした。固めのHクラスながら仕掛けの重みを乗せやすく、ジンタンクラスの極小ガン玉や、ヒラタ、ピンチョロといった軽いエサも楽に振り込める。

不意に喰ってくる大物に備え、竿はラインナップ中で最もパワーのある『弧渓H61』をセレクトした。固めのHクラスながら仕掛けの重みを乗せやすく、ジンタンクラスの極小ガン玉や、ヒラタ、ピンチョロといった軽いエサも楽に振り込める。

オモリやハリは防水の「スタッフケース」に収納。号数別に小分けしておくことで、現場で必要なものをすぐに取り出せる。

オモリやハリは防水の「スタッフケース」に収納。号数別に小分けしておくことで、現場で必要なものをすぐに取り出せる。

メインのエサは市販のミミズ。入手が容易でアマゴの喰いもよい。ぜひとも用意しておきたい定番エサである。

メインのエサは市販のミミズ。入手が容易でアマゴの喰いもよい。ぜひとも用意しておきたい定番エサである。

全国的にクマの出没が相次いだ2025年。釣行初日には、まさに阿寺川が流れる大桑町にクマが出た。熊鈴とクマ撃退スプレー(写真左)、ホイッスル(写真右)を携行してクマに備えた。

全国的にクマの出没が相次いだ2025年。釣行初日には、まさに阿寺川が流れる大桑町にクマが出た。熊鈴とクマ撃退スプレー(写真左)、ホイッスル(写真右)を携行してクマに備えた。

アマゴの反応はまずまず。さらなる出会いを求めて上流を目指す。

アマゴの反応はまずまず。さらなる出会いを求めて上流を目指す。

ポツポツとアマゴを喰わせながら釣り上がり、納竿時間が近づいた頃に大きな流れ込みに辿り着いた。いかにも大物が潜んでいそうな雰囲気である。阿寺川の水はどこまでもクリアだ。魚に気配を悟られぬよう、静かにポイントへ近づいて流れにエサを送り込む。

喰った。

流れを一気に駆け下るアマゴだが、大きく曲がって粘りを発揮する本調子の前にしては、まったくの無力に等しかった。井上さんが腰を入れて竿を曲げ込むと渾身の疾走は止められ、そこから天高く竿を突き上げると、瞬く間に水面へ浮かされる。
頭が水面に出るやいなや宙を舞った魚体は、水飛沫を上げて玉網に収まる。勝負あった。
「いやぁ、今年は木曽谷のアマゴに楽しませてもらいました。来年もまた来たいですね」
して2025年の釣りを締めくくる1尾を、名残惜しそうに見つめる井上さん。阿寺川の清らかな流れを映したかのようなアマゴをそっとリリースし、実り多き木曽谷の旅を終えた。

この日の釣りは午前中いっぱい。タイムリミット間際に惚れ惚れするような流れ込みが現れた。魚に気配を悟られぬよう、静かにアプローチする。

この日の釣りは午前中いっぱい。タイムリミット間際に惚れ惚れするような流れ込みが現れた。魚に気配を悟られぬよう、静かにアプローチする。

喰った。本調子の豊かな弾力がアマゴの引きを受け止める。口を一文字に結んで竿を立て、魚を浮かせにかかる。

喰った。本調子の豊かな弾力がアマゴの引きを受け止める。口を一文字に結んで竿を立て、魚を浮かせにかかる。

そして抜く。抵抗を繰り返したアマゴを一発で玉網に収めた。

そして抜く。抵抗を繰り返したアマゴを一発で玉網に収めた。

木曽路の旅を締めくくる1尾。過ぎゆくシーズンを惜しむように魚を見つめる井上さん。阿寺川のアマゴは、また今年も我々を楽しませてくれるだろう。

木曽路の旅を締めくくる1尾。過ぎゆくシーズンを惜しむように魚を見つめる井上さん。阿寺川のアマゴは、また今年も我々を楽しませてくれるだろう。